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伝説の歌姫・越路吹雪〜酒と煙草と大めし食らい

2024.04.26

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“日本のシャンソンの女王”と呼ばれた稀代の歌手、越路吹雪。彼女にはいくつもの浮世離れした逸話が残っており、その“伝説”は今も語り継がれている。今回は伝説の歌姫・越路吹雪にまつわる“象徴的なエピソード”を、全3回に渡ってご紹介します。

──スターになる前の越路吹雪が、まだ宝塚歌劇学校にいた時代のこと。当時、宝塚の近くに『おまっとうさん』という店があった。彼女はそこの常連だった。キツネうどんやあんみつを食べさせる店だ。

毎日のように顔を出していた常連だったから、いくら食べてもツケでよかった。ある時、両親から“ギターを買うため”のお金を送ってもらった。父親はサラリーマンだったので、特に裕福な家庭でもなく、生活をきりつめて送金してきたに違いない。

ところが、楽器屋に行くこともなく、なんと全額『おまっとうさん』に持っていって使ってしまった。まさか、ギターを買うお金が全部食べ物に変わったと言うわけにもいかず、悪知恵を働かせて「ギターは買ったんだけど、今度はバレエに使うトゥーシューズを買わなくちゃいけないからお金を送って欲しい」と両親に手紙を書いた。

そんなことをくり返しながら、胃袋はますます大きく丈夫になっていった。宝塚時代だけではなく、退団後シャンソン歌手になってからも、人の3倍は食べたという。

「コーちゃん、これ食べると体にいいそうよ」と誰かに言われると、たとえそれが不味い食べ物であっても、目をつむり、噛まずに飲み込んでいた。考えようによっては、それだけ自分の身体や健康に気をくばっていたのである。

そんな調子だから、宝塚歌劇学校時代は、かなりの“大食い”として有名だった。先輩や先生たちから、「食べるくらい熱心にレッスンもすれば、将来は有望!」と冗談を言われていたほどだ。

未来のスターは、この頃、食べるだけではなく、酒も煙草をやるようになる。酒はそれほどでもなかったというが、煙草は周囲から“ニコチン中毒”と言われるほど吸うようになる。

さらに本科生になってからの楽しみが、もう一つ増えた。1ヶ月に1度だけ、先輩たちが出演する宝塚大劇場を見学させてもらえるのだ。本科生たちの席は3階の最上段だった。

そこから上級生や大先輩の公演を観るのだが、彼女は舞台を観るよりも、休憩時間にうどんを食べるのが何よりの楽しみだったという。

同期生の皆は上級生らの演技を観て、感じたことや参考になる個所をメモしたりして勉強していた。一方で越路は「3階のてっぺんってのは凄く高いのね。すり鉢の底を観ているようなものね」と言って、時にはイビキをかいて眠りこけ、同級生を笑わせた。

1939年の春、そんな“落ちこぼれ”の彼女も、“ラスト・コーちゃん”の異名をもらいながら本科を卒後した。越路流に言うと「ラストもトップも卒後すれば同じ!」ということになる。

本科の卒業式には校長先生が長い訓話をする習慣があるが、越路が卒業して宝塚のスターになり、さらに歌手として成功したころ、校長先生はこう言った。

宝塚を出た方で、歌手の越路吹雪という人がいます。あの人は、予科・本科とも卒業する時は宝塚はじまって以来の悪い成績で、これから先、どうなるのかと心配していました。

ところが東京に出て、ミュージカルのスターになり、越路節のシャンソンを歌って多くのファンを魅了し、押しも押されもせぬ人気者になりました。

ですから、皆さんの中に大変成績が悪い人がいたとしても力を落とさずに、越路吹雪を思い出し、自分を励まして下さい。


宝塚歌劇学校を卒業して、初舞台を踏んだ越路吹雪にも徐々にファンがつきはじめた。ファンには大人のファンが圧倒的に多く、当時、女学生のファンが多かった宝塚では“珍事”であった。

宝塚はこの不思議な現象に戸惑った。そして、「彼女にはなぜかファンが多いから、何か役をつけなければならないでしょう」と、ファンのために主役を与えた。

越路は背が高かったので、必然的に男役を与えられた。今も昔も宝塚の男役のファンは熱狂的である。若い女性のファンなら、ファンレターを出したり、花束や贈り物をして満足する。しかし、東京や大阪の奥様たちはそれではおさまらないのだ。

食事に誘ったり、中には同性愛者のファンもいた。手を握りしめ、熱っぽく見つめ、接触しようとする。越路はこうしたファンをいっさい無視し、冷たくあしらった。

宝塚の楽屋にファンからの贈り物が届いても、平気で忘れて帰ったりした。「ベトベトされるのが大嫌い!」と大きな声で言った。

ある日、東京の雑誌社から記者が来て取材を申し入れてきた。当時、人気を伸ばしていた宝塚女優を集めての座談会を開きたいという。淡路千景、久慈あさみ、そして越路吹雪の3人が選ばれた。

取材当日、記者が「おコーヒーにしますか?それともジュースになされますか?」と聞いたところ、越路は「ビール!ビール!」と大声で叫び、記者や関係者一同が青ざめたというエピソードが残っている。

そんな彼女だから、あっさりしたファンが好きだった。ねっとりつきまとうようなファンには露骨に嫌な顔を見せた。

(引用元・参考文献:『聞書き 越路吹雪 その愛と歌と死』江森陽弘著・朝日新聞社)

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