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HARRY(ザ・ストリート・スライダーズ)27歳〜その音楽ルーツ、作曲スタイル、日本語で歌うことへのこだわり

2025.01.26

HARRYこと村越弘明は、1980年代〜90年代の日本のロックシーンにおいて大きな足跡を残したTHE STREET SLIDERS(ザ・ストリート・スライダーズ)のヴォーカル&ギターであり、バンドにおいて大半の楽曲を作詞作曲した。

27歳の時に、ある意味バンドの黄金期とも言えるブレイクポイントを迎え、初の武道館公演“天国と地獄”を目前にしていた。

12inchシングル「Back To Back」(’86.06.21)、7th シングル「Special Women」(’86.11.01)、8th シングル「Boys Jump The Midnight 」(’87.01.21)を立て続けにヒットさせ、5作目となるアルバム『天使たち』(’86.11.21)を引っ提げて多忙な時期を過ごしていた。

1983年のデビュー以降、バンドのフロントマンとして、独自のロックンロールスタイルでシーンを切り拓いてきたHARRYは、ちょうどこの時期に出版された『夢の跡/ザ・ストリート・スライダーズ』のインタビューで、当時の心境を不器用ながらも丁寧に語っている。

「将来のことなんてわからない。考える気にもならないし、先のことを想像するなんて退屈でたまんない」


デビュー以来、雑誌のインタビューやラジオ・テレビ番組では“ほとんど喋らない”姿勢を貫いてきた彼が、その本の中では珍しく、音楽を始めたきっかけやロックと出会ったときのことを口にしていた。

「音楽を始めたきっかけはギター。理由はよく憶えてないけど…とにかくバンドが好きだった。それも歌じゃなくてギターね。歌はあんまり自分にできそうもなかったし(笑)。なんてのかな…バンドの真ん中に立ってマイクを持って歌うってのは考えらんなかった」


彼はロックと出会った当初、ビートルズやローリング・ストーンズ、そしてヴェルヴエット・アンダーグラウンド、ドアーズ、Tレックスなどに熱狂していた。

「俺の場合は動機が軽くてさ(笑)。ただカッコイって思ったんだよ。特にスリーコードの曲とか」


曲を書くのが昔から好きだったとHARRYは、作曲についてこんな持論があるのだという。

「ホイホイできちゃうのって、あんまり愛着がねぇじゃん。こんなの誰でも書けるじゃねぇのとかさ。だから、いいリフなんか頂戴してきてくっつけても、俺は全然嬉しくもなんともないんだよね。そういうのは色んな人の感覚に訴えるのかもしれないけどさぁ。なんかこう、自分で作りだして、ちょっとグロテスクなものになるかもしんないけど、そういうのが凄げぇ好きなんだ。そういう“オリジナル”が好きなんだよ。」


自分で詞を書き始めたのは、スライダーズを始めた時だった。

「最初の頃は面白い言葉とはあれこれ引っぱり出してきて、それをロックっぽい脚色にしてただけだったから“自分の言葉”でもなんでもなかったよ(笑)。今はと言えば…あまり人のためになんて歌えないんだけど、悲痛なもの、リアルなものを表現できるようになったのかも」


彼はそれまでに自分で書いた曲の中で一番好きな歌詞を問われると、いつものように少し間をあけて喋り出すのではなく…躊躇なくこう答えた。

「気分によって違うけど“のら犬にさえなれない”がルーツだと思う。やっぱり日本語で歌うのが好きだしさ」


最後に“HARRYにとってロックンロールってなに?”と問われると、彼はいつものように言葉すくなめにこう答えた。

「いちばん興味があること」


“長くやっているとその興味がなくなったりしない? いつか興味が絶ち消えたりする日ってこないかなぁ?”と、さらに聞き出そうとするインタビュアーの質問に対して一言。

「ないね。ロックンロールが形式だと思ってるなら別だけど」



【HARRYオフィシャルサイト】
http://www.harry-station.com

<引用元・参考文献『夢の跡/ザ・ストリート・スライダーズ』著者:宇都宮美穂/沼崎敦子(JICC出版局)>


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