「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the DAY

ツイストブームの立役者チャビー・チェッカーの偉大な功績

2026.10.02

1960年代に世界的で巻き起こったツイストブーム。その立役者として大活躍し、グラミー賞でベスト・ロックンロール・レコーディング賞を受賞した人物がいる。彼の名はチャビー・チェッカー。

ブームに火を点けたのは、1960年に歌った「The Twist」だった。その後は「Let’s Twist Again」「Twistin’ USA」「Slow Twistin’」など、チャビーが歌う“ツイストシリーズ”はすべてヒットを記録。ビルボード誌が2008年9月に発表した、Billboard Hot 100 の50年間総合チャートでは、「The Twist」が第1位を獲得している。

当時、チャビーの人気は凄まじく、男性アイドル歌手ジミー・クラントンが主演した映画『The Teenage Millionaire』(1961年)への出演を皮切りに、自らが主演を務めた『Twist Around The Clock』(1961年)、『Don’t Knock The Twist』(1962年)、イギリスの歌姫ヘレン・シャピロ主演の映画『It’s Trad, Dad!』(1962年)、さらにはオーストリアで製作された映画『Rote Lippen soll man küssen』(1963年)にも出演し、レコードだけではなくスクリーンの中でもツイストを踊り歌い大暴れしている。
ツイストというダンスのルーツを辿ってみると、1920年代に生まれた黒人の社交ダンスが源流となっている。ツイストという言葉そのものは、19世紀にアフリカからアメリカに連れてこられた黒人奴隷が“腰をひねる”という意味で用いていたといわれる。その“ひねる”が労働の動作であったか、それ以外の意味を持っていたのかは定かではない。

1950年代までは、アメリカでダンスといえば、ナイトクラブのようなところで若いカップルがポップスにあわせて楽しく踊るジルバが主流だった。ダンスの最後にはチークタイムとなり、男性が女性を口説き落とす。そんな“接触型”のコミュニケーションが主流だった時代を経て、1960年に新しいダンススタイルとしてツイストが登場したのだ。

ジルバやチークなど従来のダンスが通常男女1組となって前後左右に動き回るスタイルだったのに対して、ツイストはほとんどその場を移動せず1人で踊るスタイルだったため、いつでもどこでも誰もが簡単に踊ることができた。

当時“ツイストの聖地”として知られたニューヨークのナイトクラブ『ペパーミント・ラウンジ』には、ビートルズのメンバー、マリリン・モンロー、オードリー・ヘップバーン、そして大統領夫人までもが詰め掛けて夜毎ツイストパーティーが行われていた。
1941年10月3日、チャビー・チェッカーはサウスカロライナ州で生まれた。幼い頃から物まねや歌を得意としており、そのユニークなキャラクターで近所の人気者だった。学生の頃にアルバイトをしていた鶏肉店のオーナーがその才能に目をつけて、オーディションを受けることを勧め様々なチャンスを与えた。

クリスマスシーズンに合わせて、色々な人気スターの物まねをして録音した「Jingle Bells」のデモテープが音楽業界に出回って評判となり、1959年(当時18歳)に若くしてデビューを果たす。得意とする物まねを活かしたデビュー曲「The Class」はあまりヒットしなかった。

しかし、翌1960年にカヴァーした「The Twist」がチャビーの人生を大きく変える。1959年にハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズが歌ったこの「The Twist」(作詞作曲:ポール・ディー・クローヴァー)は、リリース当初まったく売れなかった。「The Twist」は、そのまま忘れ去られる運命かと思いきや、19歳の新人歌手チャビー・チェッカーが歌うことによって一大ブームを巻き起こす永遠のダンスナンバーとなったのだ。
●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから


The Very Best Of

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the DAY]の最新コラム

Album Sweet で楽しむ

良きアルバムを味わう — Album Sweet でこのアーティストをもっと楽しもう

Album Sweet で体験する

この記事から — Album Sweet でアーティストとアルバムをもっと楽しもう

アーティスト

Pagetop ↑

トップページへ