1950年にフロリダ州のゲインズビルで生まれたトム・ペティ。彼がロックに目覚めたきっかけは、エルヴィス・プレスリーだった。
1956年に「ハートブレイク・ホテル」をヒットさせると、瞬く間にスターダムを駆け上がり、“キング・オヴ・ロックンロール”の座に就いたエルヴィスには、トムだけでなく多くの少年少女が夢中になった。
そのきっかけは大抵の場合、ラジオやレコードで耳にしたり、あるいは友人や兄弟に勧められてといった感じだが、トムは違っていた。なんと本物のエルヴィスに会ったのだ。
それは1961年の夏、当時10歳だったトムは親戚とともに車に乗っていた。向かう先は車で1時間ほど南に下った先にある町、オカラだ。
そこで映画撮影が行われており、スタッフだったトムの叔父が見に来ないかとトム達を招待してくれたのだ。撮影している映画のタイトルは『夢の渚』、その主演を務めるのがエルヴィス・プレスリーだった。
撮影現場に着いたトムは、まだ子供だったこともあってか、エルヴィスの名前は知っていても顔はよく分からず、若い男を見かけるたびに「あれがエルヴィス?」と叔父に尋ねていた。
それから間もなくして辺りが急に騒がしくなった。本物のエルヴィス・プレスリーがやってきたのだ。
「エルヴィスは幻想のようだった。それまで僕が知っていた人間とは全然違うんだ。全身が光に包まれていて、まるで神様みたいだったよ。家に帰ったとき、僕は別の人間になっていた」
翌日、トムはエルヴィスのレコードを買いに行った。はじめて買ったLPは『G.I.ブルース』だったという。その日からトムは家族が心配するほど、夢中になってエルヴィスを聴き続けた。
『G.I.ブルース』は1960年にリリースされた映画のサウンドトラックで、かなりポップス色が強いが、その後ラジオでエルヴィスの50年代のエネルギッシュなヒット曲を聴き、トムはより一層エルヴィスに夢中になるのだった。
それから3年後の1964年、アメリカの音楽シーン全体を揺るがす事件が起きた。ビートルズのアメリカ進出である。
全米チャートの1位から5位までを独占するという前代未聞の快挙を成し遂げた彼らの音楽は、トムにとってエルヴィス以来、あるいはエルヴィス以上の衝撃を与えた。しかし、同時にそのレベルの高さに圧倒され、とても真似できそうにないと感じたという。
「ビートルズの曲は本当に歌うのが難しくてね。僕たちのバンドはハーモニーが上手いわけじゃなかったし、それでストーンズやアニマルズのほうへ流れていったんだ」
ビートルズのアメリカ進出をきっかけに、他のイギリスのバンドも次々とアメリカへとやってきていた。ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)と呼ばれる時代の到来である。その中でトムの心を掴んだバンドのひとつがローリング・ストーンズだった。
トムは2014年のインタビューで、ストーンズについて「僕にとってはパンクだった」と話している。彼らの音楽であれば自分にもできるかもしれないと感じたのだという。
ビートルズはほとんどの楽曲がオリジナルだったが、この頃のストーンズはリズム&ブルースのカバーが中心で、トムにとってはずっと親しみやすかった。
ストーンズが1965年にアメリカでリリースしたシングル「リトル・レッド・ルースター」は、ハウリン・ウルフがヒットさせたナンバーだが、トムものちにこの曲をカバーしている。
エルヴィス、ビートルズ、ストーンズといった洗礼を受けたトムは、自身もギターを弾いてバンドを組むようになる。そして1976年に『トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ』で念願のデビューを果たす。
このアルバムに収録されていて、2枚目のシングルにもなった「エニシング・ザッツ・ロックンロール」は、全てはロックンロールというタイトルの通り、ロックンロールに対する想いがストレートに現れたナンバーだ。
参考文献:『Tom Petty: Rock ‘n’ Roll Guardian』Andrea M. Rotondo著(Omnibus Press)
Elvis Presley
「トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ」
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