ブラジルサッカーの歴史上で、最大の悲劇と言われているのが“マラカナンの悲劇”だ。
1950年7月16日、マラカナン・スタジアム。
初めて自国での開催となったW杯を順調に勝ち進んだサッカー大国ブラジルは、ウルグアイとの優勝をかけた試合に臨む。下馬評通り先に先制して優勝に王手をかけたブラジルだったが、ウルグアイにまさかの逆転を許すと試合はそのまま終了、ブラジルはあと1歩のところで自国で優勝の夢を逃してしまった。
20万人のスタジアムは時間が止まってしまったかのように静まり返り、あまりのショックに失神はもちろんショック死や自殺をする者まで現れたという。
このとき逆転のゴールを決めたウルグアイのギジャは、のちにこんなコメントを残している。
「マラカナンの20万人を一瞬で黙らせた人間はたった3人しかいない。フランク・シナトラ、ヨハネ・パウロ二世、そして私だ」
ローマ教皇だったヨハネ・パウロ二世が、マラカナン・スタジアムで開かれたミサで会場に静寂をもたらしたのは、1980年6月。
そして「ザ・ヴォイス」ことフランク・シナトラがマラカナンの舞台に立ったのは、ローマ教皇の訪問からさかのぼること半年前の1980年1月だった。
シナトラはレコードのリリースこそ少なくなっていたが、齢60を越えてなおコンサートを中心に勢力的な活動をみせており、この日もスタジアムの開設30周年を祝ってシナトラによるコンサートが催されていた。
ブラジルにおいてもシナトラの人気は衰えることなく、スタジアムにはおよそ18万人の人たちが集まった。これは当時の有料興行における観客動員数のギネス記録である。(余談だが現在のギネス記録は、同会場でティナ・ターナーとポール・マッカートニーがそれぞれ記録した18万4千人となっている。)
シナトラがステージに登場すると満員の会場から熱烈な歓声が送られたが、歌が始まると会場は水を打ったように静かになった。オープニングを飾ったのは1946年に発表された「The Coffee Song」だ。
ブラジル人たちの間では
何十億ものコーヒー豆が育てられているんだ
だから余っているカップだって満たせるのさ
彼らはブラジルで溢れるほどのコーヒーを手に入れたんだ
ブラジルにおけるコーヒー豆の余剰生産をユーモラスに描いたこの歌は、ブラジルはもちろん世界中でスタンダードとして親しまれており、マラカナンでの1曲目を飾るのにうってつけの曲だった。
シナトラのコンサートが大盛況に終わったのを受けて、1983年にはキッスが、87年にはスティング、その後は先ほど触れたティナ・ターナーやポール・マッカートニー、さらにはブラジル最大のロック・フェス「ロック・イン・リオ2」が開催され、マラカナン・スタジアムはブラジルにおけるロックの聖地となっていく。
しかし、スタジアムの収容人数は事故が起きたことなどを受けて縮小していき、現在では8万人しか収容することができなくなってしまった。
3人の男が残した伝説は、今後も塗り替えられることはなく語り継がれていくのだろう。
(シナトラの登場は1分48秒頃、歌が始まるのは3分25秒頃)
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