「これまでに書かれた最も偉大な失恋の歌(トーチソング)だ!」
――フランク・シナトラ
この「By the Time I Get to Phoenix(恋はフェニックス)」は、21歳という若さでグラミーを授賞した天才ソングライター、ジミー・ウェッブが受賞の一年前(20歳)に書いた楽曲だ。
もともとは当時ロックンロール歌手兼プロデューサーとして活躍していたジョニー・リヴァースのアルバム曲として書かれたもので、初出は1966年という記録が残っている。
この切なくも美しいメロディーに乗せられた歌詞の内容は、当時ウェッブが交際をしていたスーザン・ホートンという女性との別れだった。
恋人のもとを黙って去った男が、フェニックス(アリゾナ州)→アルバカーキ(ニューメキシコ州)→オクラホマ(こちらは州名)と西から東に移動する間に「彼女は今頃○○をしているだろう」と推測する内容となっている。
当時のアメリカと言えば、ヒッピー文化が花開き、フラワーチルドレンが街を闊歩していた“サマー・ オブ・ラヴ”の全盛期。
スチューデントパワーやブラックパワーが吹き荒れた政治の季節でもあった。
この歌の背景には、そんな若者たちが自由を求めて西海岸を目指し、恋に落ちていた時代が描かれているという。
僕がフェニックスに着く頃 彼女は目を覚ますだろう
そしてドアに貼ってあるメモに気づくはず
「僕は出て行くよ」って書いてあるのを見ても
彼女はきっと笑って取り合わないだろうね
だって今まで何度もそんなことがあったから…
ジョニー・リヴァースが自身のアルバムに収録したものを、カントリー歌手として人気を博していたグレン・キャンベルがドライヴ中にたまたま聴いて一発で気に入ったという。
翌1967年に、キャンベルがシングルリリースしたバージョンが大ヒットしてビルボードのカントリーチャートで2位を記録。
翌年のグラミー賞においてキャンベルは最優秀男性歌手賞と最優秀現代男性ソロ歌手賞を受賞することとなった。
キャンベルとウェッブのコンビは、その後「Wichita Lineman」(1968年)、「Galveston」(1969年)とヒットを連発する。
カンザス州の都市ウィチタや、テキサス州南東部の都市ガルベストン、そしてこのアリゾナ州のフェニックスからスタートする歌は、キャンベル&ウェッブの名コンビよる“ご当地ソング”として各地元の人々からも愛され続けているという。
僕がアルバカーキに着く頃 彼女は仕事をしているはず
たぶんランチを食べに出る時に僕に電話してくるだろう
だけどずっと呼び出し音が鳴るだけで
受話器は壁にかかったまま…
ちなみに…この歌の出発地(二人が同棲していた街)と思われるロサンゼルスから、終着地のオクラホマシティまでは車で約22時間かかるとのこと。
つまり、逆算すれば出発時刻は深夜の1時頃。
翌日の正午前後にアルバカーキを通過して、23時にはオクラホマシティに着いているので…2番3番の歌詞に描かれている場面は時間的に整合性がとれている。
よくできた歌詞だが、地図を広げてルートで考えると、ロサンゼルスからオクラホマシティに向かう際にフェニックスに立ち寄るのはかなりの“回り道”となる。
置き手紙一枚でかっこよく女性に別れを告げたわりには「彼女は今頃○○をしているだろう」と推測しまくる男の“回りくどさ”というか、未練がましさが滲み出ている…
僕がオクラホマに着く頃 彼女はもうベッドで眠っているだろう
ゆっくりと寝返りを打って僕の名前を呼ぶはず
僕が本当に去って行ったと知って彼女はきっと涙を流すだろう
今までだって僕は何度も別れを伝えようとしたけれど
彼女はいつも本気にしなかった
まさか僕が本当に出て行くなんて…
【佐々木モトアキ プロフィール】
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【TAP the POP佐々木モトアキ執筆記事】
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