♪「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」/松田優作
この「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」は、俳優の藤竜也、原田芳雄、松田優作、石橋凌などが歌い継いできた“ヨコハマ”の名曲だ。
1960〜70年代というのは、戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代による「新しい若者文化」が台頭してきた時代だった。
戦後生まれの若い世代が社会的な発言を始め、そこで一部の若者たちの発言と行動は反社会的なものにまでエスカレートしていく。
それと同時に、若者達は「新しい音楽」「新しいファッション」「新しい生き方」を模索していた。
そんな70年代が幕を降ろそうとしていたある日、人気俳優として頭角を現していた藤竜也がトム・ウェイツの曲にインスピレーションを受けて“ヨコハマ”を舞台に一編の歌詞を綴った。
その出来上がったばかりの歌詞を渡されのは、彼の高校の後輩でもあったゴールデン・カップスのエディ藩だった。エディは数日も経たないうちに野毛(横浜市の下町)の立ち呑み屋で競馬中継を見ながら曲をつけたという。
そんな“いかにも”な逸話が残っているのも実に“ヨコハマ”らしい。
♪「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」/エディ藩
この歌詞の中で歌われている「オリジナルジョーズ」とは1953年創業の、横浜では最も古い老舗イタリアンレストランのことだ。
横浜市中区相生町3丁目、JR関内駅南口を出て徒歩5分の場所にあったその店は、2011年10月に惜しまれながら閉店した。
創業58年という長い歴史を持つこの老舗レストランに、今は亡き名優達も足を運んでいたという。
♪「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」/原田芳雄
♪「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」/石橋凌&宇崎竜童
♪「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」/山崎ハコ
♪「Nobody Knows You When You’re Down and Out」/デレク・アンド・ザ・ドミノス
この曲のルーツをさかのぼると古い古いアメリカのブルースソングに辿り着く。
アメリカに禁酒法がしかれていた1923年、ボードビルの俳優だったジミー・コックスが書いた「Nobody knows you when you’re down and out(邦題:だれも知らない)」という曲である。
この歌詞に出てくるウイスキーやシャンパンやワインは当時の“もぐり酒場”で呑まれていたものだ。
そんな時代、彼が舞台で広めていったこの曲は1927年にボビー・ベイカーによって初めてレコード化され、その後1929年にベッシー・スミスが歌ったものが、当時好セールスを記録したという。
以降、ブルースマンのみならず多くのミュージシャン達に歌い継がれてきました。
ニーナ・シモンのようなジャズ畑の人、サム・クックやオーティス・レディングのようなゴスペル・R&B畑の人、デレク・アンド・ザ・ドミノス(エリック・クラプトン)やクラプトンの友人でもあったオールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマン、そしてジャニス・ジョプリンやロッド・スチュワートなど白人ロック系のミュージシャンなどなど。
そして日本が誇るブルースバンド、YAMAZEN&THE BLUES FELLOWS feat.TAD MIURAの「ツイてる男の唄」や憂歌団の「ドツボ節」へと繋がってゆく。
♪「Nobody Knows You When You’re Down and Out」/ニーナ・シモン
♪「Nobody Knows You When You’re Down and Out」/オーティス・レディング
♪「Nobody Knows You When You’re Down and Out」/デュアン・オールマン&グレッグ・オールマン
♪「Nobody Knows You When You’re Down and Out」/ロッド・スチュワート&アレハンドロ・フェルナンデス
♪「ツイてる男の唄」/ YAMAZEN&THE BLUES FELLOWS feat.TAD MIURA
♪「ドツボ節」/憂歌団
酒と煙草がよく似合う日本の名優達が歌い継いだ“ヨコハマ”の名曲のルーツをさかのぼると、アメリカの禁酒法時代を背景に書かれた“落ちぶれた男の唄”に辿り着いた。
いつの世も、孤独な男のわびしい夜には酒場(ホンキートンク)とブルースが欠かせないってことだろうか…。
【佐々木モトアキ プロフィール】
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【TAP the POP佐々木モトアキ執筆記事】
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