歌、ダンス、モノマネ、巧みなトーク、そしてトランペット、ドラム、ビブラフォンの演奏、映画やテレビでの演技など、様々な“芸”を極め「Mr.エンターテインメント」と称されたサミー・デイヴィスJr.。
そんな彼が40代からこの世を去るまでの約20年間、ステージで大切に歌った“一曲”がある。その曲の名は『Mr.ボー・ジャングルス』。
ドサまわりをし、刑務所に入っていることも多く、ダンスのギャラとして酒と少しばかりのチップをねだる…歌いながらそんな老ダンサーの姿を演じてみせるサミー・デイヴィスJr.のステージは、まさに“至芸”と呼ぶにふさわしいものだった。
ファンの間では“十八番”として知られているのだが、実はこの歌を避けていた時期もあったのだという。
人気スターとして“落ちぶれた老ダンサー”を演じながら歌い踊っているうちは良いが、50歳を迎えた頃に体力的な衰えを感じるようになると、「今、自分が病気や事故にあって長いこと仕事を休むようになったなら、豪邸のローンなどでたちまち破産し、この老ダンサーのような境遇になってしまうだろう…」という恐怖にとらわれていたというのだ。
そのため、しばらくは出来るだけこの曲を歌わずにすますようにしていたという。逆に言えば、それほどこの曲に打ち込み、歌に出てくる老ダンサーと一体化するほど感情移入していたのかもしれない。
この歌に出てくるMr.ボー・ジャングルスとは一体誰のことなのだろう?
そもそもこの“ボージャングルス”というのはアメリカのスラングで、”happy-go-lucky=のんきな・運まかせの”という意味を持つ言葉らしく、悪く言えば“無計画な”という意味もあるのだという。
芸に生きて、気ままに過ごし、人生の儚い晩年を迎えたボードビリアンの心情を見事に描いたこの歌詞を、作者はどんな風にして紡ぎ出したのだろう?
この曲は、ジェリー・ジェフ・ウォーカーというシンガーソングライターが作詞作曲し、1968年に自身のアルバムで発表したのが初出である。
作曲する4年程前にジェリーがニューオリンズで酒に酔ってトラブルを犯し、監獄に収監された際に、そこで知り合った年老いた無名のボードビリアンを題材にして作ったものだ。また、この歌はサミー・デイヴィスJr.の他にもこれまで多くの歌手たちがカヴァーしてきた。
サミー・デイヴィスJr.が亡くなる前年(1989年)に来日しねTokyo Bay NK Hallステージで披露した最高のパフォーマンスをご紹介します。
「今日は会場の皆様に一つ謝らなければならない事があります。僕はマイケル・ジャクソンじゃないんだ」
そう前置きした上で、マイケルの「Bad」のダンスと歌の真似を始める。しかし、「やっぱり歳だ…」と言ってすぐにやめてしまい、老人のようによろよろ歩いてみせて笑わせる。
「やるのは楽しいけど、やっぱり若者向きの曲だね。次の曲は僕向きに作られた曲です」
そう語ると、彼はおもむろに黒いハットをかぶり歌い始めるのだ。年老いたダンサーを描いた歌へと繋ぐ、珠玉の演出といえるだろう。

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