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【スペシャルライブレポート】中川五郎が語る“今”のボブ・ディランの魅力とは?

2014.04.19

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(このコラムは2014年4月の来日時に公開されたものです)

「アップデート」、「バージョン・アップ」、あるいは「上書き」。

3月31日、東京Zepp DiverCityから始まったボブ・ディランの2014年の来日公演に足を運び、ぼくが思い浮かべたのはそんなコンピューター用語だった。

公演前から伝わっていたように、今回のディランのツアーは、コンサートごとに演奏曲が変わるのではなく、セット・リストはほぼ固定していて、変わるとしてもせいぜい1、2曲というものだった。
ぼくはZepp DiverCityの東京公演を二度見たのだが、確かに演奏曲は二日ともほぼ同じだった(最初に見た時は4曲目が「Huck’s Tune」だったが、2回目は4曲目が「What Good Am I」だった)。

そしてほぼ固定しているセット・リストは、2012年の最新アルバム『Tempest』から6曲、2009年のアルバム『Together Through Life』から2曲、そして2006年のアルバム『Modern Times』から1曲など、最近のアルバムの曲が中心で、オリジナル・アルバムには収められていない意外な曲、例えば前述の「Huck’s Tune」、それに「Waiting For You」や「Things Have Changed」などが登場するのにもびっくりさせられた。

アンコールでは「All Along The Watchtower」やディランのいちばん有名な曲のひとつ「Blowin’ In The Wind」も演奏されるが、本編の中で歌われる60年代の代表曲は「She Belongs To Me」ただ1曲。
あとはディランのよく知られている曲としては、1975年のアルバム『Blood On The Tracks』の中の「Tangled Up In Blue」と「Simple Twist Of Fate」が歌われるだけだ。

ネットなどを通じて情報がすぐに伝わる今の時代、ディランの日本公演に足を運んだ人、あるいはこれから運ぶ人は、今回のセット・リストは新しい曲が中心だ ということは承知の上だと思うが、中には「昔」のディランの代表曲がいっぱい演奏されるのではないかと期待して会場にやって来る人もいるようだ。ぼくが見 た日にもコンサートの途中あたりで客席から「Like A Rolling Stone!!」といったリクエストの声が何度か飛んでいた。

今回のディランの日本公演に足を運び、「何だ、知っている曲をほとんどやらないじゃないか」、「知らない曲ばかりでつまらない」と憤激した人も中にはいた だろうが、少なくともディランの過去の栄光だけを追い求めるのではなく、2014年の現在、彼の新しい歌、彼の今の歌をしっかり聞いている人にとっては、 コンサートはめちゃくちゃ大満足のいく素晴らしい内容だったのではないだろうか。もちろんぼくはそうだった。

「Like A Rolling Stone」を「The Times They Are A-Changin’」を、「Don’t Think Twice, It’s All Right」を 「Just Like A Woman」を、「Knockin’ On Heaven’s Door」を「I Shall Be Released」を聞けなくても大丈夫。

というのも『Tempest』や『Together Through Life』のディランの歌は、それらの過去の代表曲の数々の延長線上にあって、それらが進化し、深化し、熟したものだということが、今回の日本公演を見て、ものすごくよくわかったからだ。

目の前で歌っているボブ・ディランは決して過去の自分の再現でもなければ、懐メロを歌う亡霊でもなく、紛れもなく2014年の今を生きる、そしてこれから先に向かう自分の歌を聞かせてくれた。
そんなディランを見てぼくは、「アップデート」、「バージョン・アップ」、あるいは「上書き」といった言葉を思い浮かべてしまったのだ。

もしかしてとんちんかんかもしれないが…。

ボブ・ディラン『テンペスト』
SMJ



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中川五郎

1949年大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動の中心に。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。

アルバムに『終わり・始まる』(1969年、URC)、『25年目のおっぱい』(76年、フィリップス)、『また恋をしてしまったぼく』(78年、ベルウッド)など。2004年の春には26年ぶりのアルバム『ぼくが死んでこの世を去る日』をリリースし、最新アルバムは2006年秋の『そしてぼくはひとりになる』(シールズ・レコード)。

著書に音楽の原稿を纏めた『未来への記憶』(話の特集)、70年代のフォーク・リポートわいせつ裁判に関する文章をまとめた『裁判長殿、愛って何』(晶文社)、小説『愛しすぎずにいられない』(マガジンハウス)、『渋谷公園通り』(ケイエスエス出版)、『ロメオ塾』(リトルモア)、訳書に『U2詩集』や『モリッシー詩集』(ともにシンコー・ミュージック)、ブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、紀行文集『ブコウスキーの酔いどれ紀行』、晩年の日記『死をポケットに入れて』、ハワード・スーンズによる伝記『ブコウスキー伝』(いずれも河出書房新社)、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ミッドナイト・オールデイ』、『パパは家出中』(いずれもアーティスト・ハウス)、『ボブ・ディラン全詩集』(ソフトバンク)などがある。

近年は日本各地でライヴ活動を年間200回ほど行なっている。

中川五郎オフィシャルサイト

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