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黒人の“ブルース”に呼応したアイルランド系移民の“ハイロンサム”

2024.09.08

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“約束の地”アメリカに辿り着いたアイルランド系移民の夢と現実


広大なアメリカ大陸の音楽を見渡す時、アイルランド系移民の存在を避けて通ることはできない。その果たした役割はあまりにも大きい。しかし、その文化的栄光の影には、想像を絶する苦難の歩みがあった。

1775年にアメリカで独立戦争が始まった頃、宗教的迫害によってアイルランドからの出国を余儀なくされた最初の移民が東部の僻地山岳帯アパラチア(※1)に入植した。

「スコッツ・アイリッシュ」(※2)と呼ばれた彼らは異国の地でも独自の文化を守り、ウイスキーの密造や祖国の音楽やダンスを通じて(※3)、過酷な現実から生じる疲れた心と身体を癒すことになった。また、強い反英感情を持った彼らは独立戦争でも果敢に戦って、新しい国で自分たちの存在意義を見出していった。

もう一つ特筆すべきは、19世紀半ば頃から大量に流れてきた移民たち。1845年、アイルランドでは農業の要だったジャガイモの胴枯れ病が原因で未曾有の大飢饉が発生。死と疫病が国全体に広まり、10年間で死者100万人以上を出した。

多くの人々は生計の手だてを失う中、イギリス政府は渡航費をわずか2ポンドに設定して、「土地がたっぷりとあって、地主も存在せず地代は無料、家族を十分に養って行ける」新大陸への移住(※4)を意図的に促した。それは自ら望んだ道というより、“祖国からの追放”だった。これにより800万を超えていたアイルランドの人口は、死者と移民の影響で19世紀末には400万人にまで落ち込んだ。

しかし、アイルランド系移民たちが抱いた約束の地での新たな野心は、もろくも崩れ去る。

彼らの多くは農村共同体での生活しか知らなかったため、新大陸の産業社会に順応できるわけもなく、アパラチア山地で小屋を建てて自給自足の生活を送るか、すでに富を築き上げて既得権を守ろうとする旧移民のアングロサクソン系からの差別を受けながら、安い賃金と奴隷のような扱いの中で炭坑や鉄道の労働(※5)に従事するしかなかった。

1917年、アメリカは第一次世界大戦の戦勝国となって好況に沸くが、それは同時に貧富の格差が決定的になった瞬間でもあった。マンハッタンでは摩天楼が次々と背を伸ばしていた時代に、アイルランド系の農民も南部の黒人も、100年前と変わらない貧困生活を送っていた。

さらに1929年の大恐慌が彼らを襲う。1930年代になると、オクラホマのダストボウル(砂塵地帯)からアイルランド系の貧農たちが強制退去させられ、家族単位で豊かな仕事を求めてカリフォルニアの果樹園へと旅することが生き残りの道となる。

しかし、現実は何処へ行っても搾取的な待遇であったり、長い道程だったカリフォルニアへは州境を越えることさえ拒まれて追い返される……スタインベック原作、ジョン・フォード監督の『怒りの葡萄』は、そんな路頭に迷うオクラホマ難民(オーキー)の姿を描いたアメリカと移民の“生”のドラマだった。

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アパラチアの山々で受け継がれた孤高の響き“ハイロンサム”


アイルランド系移民にとって、当初は二度と帰ることのなかった祖国の憧景を子孫たちへ伝えたり、故郷に残した家族や恋人を想う手段の一つが、音楽だった。

そして次第に、過酷な現実からの心の痛みが音楽に反映されて、アイルランド系移民特有の孤高の響きとなった。1920年代から始まったラジオ放送、特にナッシュビル発の番組『グランド・オール・オプリー』(※6)とそこで演奏される自分たちの音楽は、多くの人々にとっての代弁であり、癒しであり、ひとときの娯楽であり、ささやかな夢と希望になった。

「私は人生を通じて自分なりの方法でブルースを演じてきた。何も黒人だけがブルースを、彼らだけが耐えがい人生の苦難(hardship)を抱えているわけじゃないんだ。ブルースは加えるものじゃなく、そこから取り出すものなんだ。そして音やリズムは言葉と同じ力を持つ」


アパラチアの音楽をルーツとするブルーグラスの創始者ビル・モンローの言葉だ。スコッツ・アイリッシュを祖先に持つモンローは、その生涯を通じて、人々の生活や日常に潜む苦難を自らの音楽で表現しようとした。彼が追求し続けた真実の音楽は、抑えがたい衝動が生まれた時に歌詞やサウンドとなった。

それが完成したとされる1950年頃からのモンローのブルーグラス(※7)は「ハイロンサム」と呼ばれているが、それは単なる音楽ジャンルの一つとしてではなく、精神性を帯びた言葉として捉えるべきだ。

「ハイロンサム」のハイは高音を効かせたもの悲しいサウンド以外に厳しさと捉えられるし、ロンサムは感情のこもったメロディだけでなく、とてつもない寂寥感も意味している。

黒人の「ブルース」に呼応する心の痛みから取り出された悲哀、やり場のない感情を表現する言葉として、これ以上のものはないだろう。音は泣き始め、強烈な郷愁感を奏でる。新大陸で待っていたアイルランド系移民の生活は、まさに「ハイロンサム」の歴史と言える。

ケンタッキー生まれのカントリー・ミュージシャンで、幼い頃にモンローと競演したこともあるネオ・トラディショナル・ムーヴメントの火付け役、リッキー・スキャッグスはこんなことを語っている。

「アイリッシュの曲は昔は楽しくて快活なものだったんだと思う。そしてアメリカに持ち込まれたんだけど、そういう曲を演奏しながら育った最初の移民たちって、故郷や同族を失ってしまったのを哀しんでるような気がするんだ。恋焦がれる気持ちや寂しさが音楽に入り込んだように思えて……ひどく落ち込んだ時とか、心の底から演奏し始める。その時あのアパラチアの山、あの高くもの悲しい声。あれが響き始めるんだ」



【解説】
※1 僻地山岳帯アパラチア
北部の奥地から南部まで連なる山脈。ヴァージニア州、ウエスト・ヴァージニア州、ケンタッキー州、ノース・キャロライナ州、サウス・キャロライナ州、テネシー州、ジョージア州などを含む。

※2 スコッツ・アイリッシュ
イギリス政府と衝突して、北アイルランドを含むアルスター地方から移民してきたプロテスタントを信仰する人々。イングランド系の旧移民たちがいたニューイングランド州やペンシルベニア州からはじき出される形でアパラチアに入った。

※3 ウイスキーの密造や祖国の音楽やダンスを通じて
バーボンやテネシー・ウイスキーの礎となったアイリッシュ/スコッチ・ウイスキー。そしてカントリー音楽の礎となったマウンテン・ミュージックやバラッドのこと。

※4 新大陸への移住
大飢饉後から1930年代後半まで、約400万人以上のアイルランドからの移民があった。彼らのようなカトリック教徒はノン・ワスプ、ホワイト・エスニック・グループと差別された。しかし旧移民のプロテスタント教徒が文化や娯楽に時間を割くことを不道徳としていたため、アイルランド移民を含む新移民(20世紀前半で約4000万人)たちこそが芸能や音楽といった大衆文化の担い手となった。

※5 炭坑や鉄道の労働
1862年にユニオン・バシフィック鉄道が創業。西へとレールを延ばし始め、大陸横断鉄道の最初の軌道となった。1日3ドルという報酬で南北戦争の北軍兵士崩れだったアイルランド人を大量に雇い入れた。そして1869年に東へとレールを延ばしていたセントラル・パシフィック鉄道との路線が結ばれた。
炭坑にも多くのアイルランド人が雇われた。黒人との交流(1862年奴隷制の廃止)はここで生まれたといわれている。同じように不当な扱いを受けながらも、歌とダンスで一筋の希望を見上げる。ブルースとハイロンサムの出逢いだった。

※6 グランド・オール・オプリー
1925年に始まった公開ライブのラジオ番組。ほとんどのカントリー界のスターはこの舞台を踏む。ビル・モンローもハンク・ウィリアムズも演奏した。

※7 1950年頃からのモンローのブルーグラス
ブルーグラスとはケンタッキー州に生える牧草のことで、そのエリアをブルーグラス地帯という。そこで生まれて育まれた音楽。ビル・モンローは1950年2月3日、メンバーを従えて7曲を録音。その一つ「I’m Blue,I’m Lonesome」は、当時親しくしていたハンク・ウィリアムズとのパッケージツアー中に、楽屋でモンローが口ずさむメロディにウィリアムズが歌詞をつけて生まれた歴史的名曲。

【参考・引用文献】
・『MOON SHINER』2000年9月号/2010年2月号
・『エスクァイア日本版』〜「アイリッシュとロックの相関関係」五十嵐正 1998年5月号
・『ミュージック・マガジン』1996年7月号
・『STUDIO VOICE』1995年12月号
・『アイリッシュ・ソウルを求めて』(ヌーラ・オコーナー/大栄出版)
・『ミシシッピは月まで狂っている』(駒沢敏器/講談社)


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*このコラムは2014年3月17日に「みんなアイリッシュだった~アイルランド系特集」の一つとして初回公開されたものを一部更新しました。これを機にアイルランドの風景を巡る旅へぜひ。

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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