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リサイタルで完璧なオーケストラ・ヴァージョンとしてうたわれた美輪(丸山)明宏の「ヨイトマケの唄」

2024.07.18

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シャンソン歌手の美輪明宏は1957年にデビュー・シングル「メケ・メケ」をヒットさせてスターになったものの、同性愛者であることを隠さなかったためにバッシングにあって、その後はマスコミから締め出されて一旦は忘れられた状態になってしまった。

しかし、1963年の秋に全曲を自作自演の曲で構成した「丸山明宏リサイタル」で見事にカムバックを飾ると、1965年には「ヨイトマケの唄」をヒットさせて完全復活した。

その後は寺山修司が手がけたアングラ芝居『青森県のせむし男』や『毛皮のマリー』出演するなど、10年の歳月をかけて表現の領域を広げて成長していった。

そして1968年4月からは三島由紀夫のたっての願いで、渋谷・東横劇場の『黒蜥蜴』に女形として主演することになった。

大ホールの一ヶ月公演ともなれば、たくさんのスタッフが関わってくるし準備期間は長くなる。そこでしばらくの間は活動の主軸を音楽から演劇に移さなければならないと考えたのは、表現者としての自分を追求して磨き上げていく機会だと冷静に判断したからだ。

そこで歌手として区切りをつけるために1968年の2月21日、大手町のサンケイホールで「第八回丸山明宏リサイタル」を開催した。

全面的に協力した音楽監督の中村八大が編曲と指揮を引き受けて、東京交響楽団、東京混声合唱団、中村八大クインテットという総勢百人をバックにした、大がかりなステージとなった。

その第一部では新生面をひらいた「ヨイトマケの唄」をはじめ、原爆をテーマにした「悪魔」など、自作による“日本のシャンソン”を披露している、

第二部は二つの琴の伴奏で「ちんちん千鳥」「花嫁人形」など日本のうたを取り上げた。そして第三部では「メケメケ」や「愛の讃歌」など、シャンソンの名曲をうたうという構成だった。

リサイタルのパートナーとして5年間をともに歩んできた音楽監督、中村八大はパンフレットにこんな文章を寄稿していた。

丸山明宏は、日本におけるまれにみる完成された歌手の中の一人だ。彼の歌う一曲一曲は、その曲の、その歌詞、内容的なものすべてが、彼の声と、彼の全身の表現で、その曲のすべてが表明される。ある曲自体が、彼自身の体のすみずみまで行きわたって、同化され、彼自身の表現として歌われる時、聴く者すべてを強烈に魅了してしまう。

小手先でちょろまかした歌い手の歌をきいたあとで、丸山明宏の歌を聴くと、前に聴かされた歌手のイメージが、みるも無残にぶっこわされ空虚にふっとんでしまうから不思議だ。

僕は天才が好きだ。何でもない事、オヤと思う事なんでも天才はそれらを本当に意味のある真実に作り変えて行く事が出来るのだ。

天才歌手─丸山明宏の為に、僕の持つ出来る限りの音楽性を彼の為に提供する事に、僕は音楽家としての非常な喜びを感じている。


日本を代表する多彩な歌手たちと仕事をしていた中村八大は、歌唱に対する評価がきびしいことで有名だった。そして”天才歌手”と呼んだのは、丸山明宏ただ一人だけだった。

天才を知る者は天才である、という言葉を思わずにはいられない。

その日は意表をついたオープニングで、中村八大の「ブラジル組曲」から始まった。そのダイナミックな器楽曲が終わって訪れた静寂のなかから突然、けたたましく不気味な丸山明宏の笑い声が聞こえて、そのまま二曲目の「悪魔」へとなだれ込んでいく。

その曲が終わると冷静さを取り戻して、次の曲名を「愛のボレロ」と感情を込めずに紹介すると麗しい声で切々と恋心をうたい上げる。その歌と演奏が終わったところで観客席から大きな拍手が起こったが、丸山明宏は冷静さを取り戻して次の曲名を「ヨイトマケの唄」とだけ紹介する。

そして拍手が鳴り止むと一呼吸おいて、ア・カペラで歌い出した。

「エンヤコーラ」という掛け声の終わりにはうティンパニーが打ち鳴らされて、そこから管楽器のオーケストラが入ってきて演奏が始まる。すると、そこに太くて力強い歌声が響いてくる。

ここまで来て、しばらくピアノと歌だけになる。丸山明宏の歌声と結城久のピアノは、銀巴里での長いコンビだけあって完璧に呼吸が合っている。それは歌を届ける丸山明宏の心に一切の邪念がないからだった。

その歌声から伝わる物語が聴き手の心にある、純真な感情をゆさぶって共鳴するのだ。

このリサイタルでの丸山明宏の歌唱と表現力、中村八大のアレンジとオーケストラの演奏は、いずれも非の打ち所のない、完璧ともいえる出来栄えだった。

少しずつ理解者を増やしながら成長してきた「ヨイトマケの唄」は、区切りとなる記念すべきコンサートで、いよいよ完成の域に達したのである。



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