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各地で騒動を巻き起こしたスペシャルズの初来日

2017.02.07

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1980年頃にロンドンを中心にして音楽とファッションで一大ブームを巻き起こしたスペシャルズ。
初来日を果たしたのはブーム真っ只中だった1980年6月のことだ。

スペシャルズの前身バンド、オートマティックスが結成されたのは1977年。
彼らが生まれ育ったロンドン北西部の工業都市、コヴェントリーは多くのジャマイカ系移民が暮らしていた。
そこには、ジャマイカがイギリスの植民地だったという歴史的背景が関係している。

メンバー7人のうち2人もジャマイカ生まれの黒人というこのバンドが、当時全盛だったパンクにレゲエやスカといった音楽を取り入れたスタイルに行き着くのはごく自然な流れだった。
彼らは同じくレゲエを取り入れていたクラッシュの前座を務め、このときにバンド名をスペシャルズに改める。

ところがバンドは地元である程度の支持を得ながらも行き詰まってしまい、その状況を打開するためにレゲエを切り捨てて、スカだけで勝負するという決断を下した。
両者の違い、そしてスカを選んだ理由について、バンドリーダーのジェリー・ダマーズはこのように説明している。

「レゲエはスタジオ・ミュージックなんだ、スカの方がライヴリー・エキサイティング・ダンス音楽だと思ってる」
(「ミュージックマガジン1980年8月号」より)


スカ、そしてダンスミュージックとしての面を強く押し出したことが功を奏して、バンドはそこから一気に躍進していく。
1979年に2TONEレーベルを設立すると1stシングル「ギャングスターズ」でデビューを果たし、いきなりUKチャート6位を記録した。
同年10月にはエルヴィス・コステロをプロデューサーに迎えた1stアルバム『スペシャルズ』を発表、リードシングルの「トゥ・マッチ・トゥ・ヤング」はUKチャート1位の大ヒットとなった。

スペシャルズと2TONEレーベルは下火になっていたパンクブームと入れ替わるように、次代の旗手となったのである。



その人気は遠く離れた島国、日本にまで拡がり、1980年にはスペシャルズの初来日が実現した。
6月25日から7月2日までの8日間で、東京から大阪、京都を回るというスケジュールだ。
初日の新宿厚生年金会館から、観客がステージに上がるほどの大熱狂となった。

ところが大阪公演では盛り上がるあまり、乱闘やマネージャーが逮捕されるといった騒動にまで発展した。
こうした状況に顔を曇らせたのが、ツアーファイナルとなる7月2日の会場だった中野サンプラザだ。

中野サンプラザ側はスペシャルズに対して、「観客が立ち上がるようなことがあれば電源を落とす」と通達する。
これに対しバンド側は中野サンプラザをキャンセルするという思い切った対応に出た。
観客が踊りたくても踊れない、そんな会場はこちらからお断りというわけだ。

そこで急遽代わりの会場を探して見つかったのが、竹の子族の遊び場となっていた新宿のディスコ、カーニバルハウスだった。
当然ながら収容人数は中野サンプラザより少なく、公演は2回に分けなければならない。
バンド側の負担も増大したがそんなことはお構いなしに、スペシャルズは熱狂のステージを展開して観客を存分に踊らせた。



<THE SPECIALS JAPAN TOUR 2017>

3月21日(火) ZEPP なんば
3月22日(水) ZEPP名古屋
3月23日(木) ZEPP東京
3月24日(金) 新木場スタジオコースト

公演の詳細はこちらからご確認ください


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