ロック界のVIPたちを少年の心に戻してくれたロイ・オービソン
「1975年に『Born To Run』を作るためにスタジオ入りした時、僕はボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、そして何よりもロイ・オービソンのように歌おうと努力したんだ」
1987年、ロックンロール殿堂入りの授賞式。ブルース・スプリングスティーンはそう言って
自身のアイドル、“ビッグ・オー”ことロイ・オービソンを少年のような興奮の中で紹介した。
それまでの栄光が嘘だったかのように60年代後半からはヒットも一切出ず、長い不遇の時代を送っていたオービソン。しかし、リンダ・ロンシュタットやJ.D.サウザーら様々なアーティストによるカバーやリスペクトを受けつつ、1986年にはデビッド・リンチ監督の映画『ブルーベルベット』に代表作「In Dreams」が使用されるなど、それはゆっくりと染み込むような再評価の流れの先に見えた栄誉だった。
受賞後の9月。LAのアンバサダーホテルにて『Black & White Night』と銘打たれたステージが開演。エルヴィス・プレスリーの元バックバンドやスプリングスティーンをはじめ、ジャクソン・ブラウンやトム・ウェイツ、ボニー・レイットやエルヴィス・コステロといったオービソンを敬愛する面々をサポートメンバーに迎え(客席にはレナード・コーエンもいた)、グレイテスト・ヒッツ・ライブを披露してシーンの前線に復帰。後にTボーン・バーネットのプロデュースでライブアルバム化もされた。
また、同年には映画『レス・ザン・ゼロ』にエンディング曲「Life Fades Away」を提供して、若い世代にもその哀切な歌声の儚さは伝わることになった。
翌年にはトラヴェリング・ウィルベリーズの一員としても活動して成功を収めるが、誕生までにはこんな逸話がある。
ある日のスタジオ。自身の新曲のカップリングを依頼されていたジョージ・ハリソンが、一緒に曲作りをしていたジェフ・リン、その場にたまたま遊びに来ていたボブ・ディランやトム・ペティ、そしてオービソンを加えて「Handle with Care」を録音。その曲が余りにも出来が良かったため、レコード会社の重役がハリソンにバンド活動を勧めて実現したという。
それにしてもクセの強いメンバー全員がエゴのない夢のようなコラボレーションを楽しめたのはなぜか?
他の4人にとっても、50年代半ばのロックンロール黎明期を生き抜き、度重なる人生の悲劇に遭遇しながらも、決して強さやユーモアを失わないオービソンは、今やロック界のVIPとなった自分たちを少年のような心に戻してくれる、憧れの対象だったのだ。
Roy Orbison 1936.4.23-1988.12.6(aged 52)
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トラヴェリング・ウィルベリーズ
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*参考/『トラヴェリング・ウィルベリーズ・コレクション』
*このコラムは2014年4月に公開されたものを更新しました。
【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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