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ブルーベルベット〜デヴィッド・リンチ監督の独特な世界とロイ・オービソンの悲しみの名曲

2023.09.20

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『ブルーベルベット』(Blue Velvet/1986)


『イレイザーヘッド』というインディー出身のカルト監督ながら、『エレファント・マン』(1980)でメインストリームの名声を得たデヴィッド・リンチは、続く『デューン/砂の惑星』(1984)で莫大な予算4000万ドルを使い切る。しかしこれが大コケしたことから、かねてから温めていた『ブルーベルベット』で映像作家として再起を図ることになる。

きっかけはボビー・ヴィントンの「Blue Velvet」という歌だった。聴いているとアイデアが浮かんできた。数年かけて4回も書き直して脚本を完成させたんだ。『ブルーベルベット』は新たな出発だった。いい映画を撮れそうな手応えはあったよ。


当初の1000万ドルから半減した低予算と引き替えにファイナル・カットの権利を手にしたリンチは、水を得た魚のように新作映画に取り組んだ。俳優たちは安い報酬で迎えられたが、リンチの映画に出られるので誰も文句は言わなかった。

中でもアメリカ映画界の伝説的存在デニス・ホッパーは、薬物と酒のリハビリで暗闇から抜け出したばかり。エージェントには強く反対されたが、素晴らしい復帰作となることを知っていたのだろう。「この世の悪党どもは自分のことをいい奴だと思ってる。そんな役だった」。

美しさの裏に潜む醜さ、平和な世界の隣り合わせに存在する暴力へと案内する『ブルーベルベット』(Blue Velvet/1986)は、公開当時は賛否両論を呼んだ。いや、不評の声の方が大きかった。従来のハリウッド映画式スリラーの公式を完全に無視していたからだ。

多くの人々が「アメリカのシュールレアリズム」(デニス・ホッパー談)の描写に嫌悪感を抱いた。むしろ真実を捉えすぎていたのだ。だがこの作品は次第に評価が高まり、今ではリンチの代表作であるだけでなく、映画史を語る上で避けて通れないマスターピースとなった。

もともと画家になろうとしていたリンチは、ボストンの美術学生時代にヨーロッパへ留学したことがあった。町があまりにも綺麗で整い過ぎていて創作の題材を求められなかったこと。ビルの地下でトカゲが壁を這っているのを見て一番近いマクドナルドが7000マイルも離れていると思ったこと。そんなことが原因でたまらくなって二週間ほどで帰国してしまう。

その後、フィラデルフィアの美術学校に通いながら工場街に下宿すると、吐き出される煙や死体置場といった悪夢を見ているような環境の中、リンチ独特の美学が育まれていった。『ブルーベルベット』にはこの時の経験や幼少時代に過ごしたのどかな住宅環境が活かされ、画家らしい色彩感覚が全編に渡って流れている。

映画のムードを象徴するロイ・オービソン不朽の名曲


物語の舞台はノース・キャロライナ州の平和な田舎町ランバートン。大学生のジェフリー(カイル・マクラクラン)は父親を見舞った病院帰りの野原道で、切り落とされた人の耳を発見する。すぐに警察のウィリアムズ刑事に届けた。

「この世は不思議なところ」だと好奇心旺盛なジェフリーは、ウィリアムズの家を訪れて捜査状況を聞き出そうとするが当然何も教えてくれない。しかし、この家の高校生の娘サンディ(ローラ・ダーン)から「ある女性歌手が事件に関わっている」ことを聞かされる。以来、二人は私立探偵を気取って違法な捜査を開始する。清らかな恋も芽生えようとしていた。

歌手はドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)といって、美しく妖艶だがどこか退廃的な影のある女だった。「Blue Velvet」を歌う彼女のステージを観た夜、ドロシーのアパートに侵入してクローゼットに隠れるジェフリー。ドロシーは何者かに脅され、夫と子供が監禁されていることが分かる。そしてフランク(デニス・ホッパー)という男が部屋に入ってくると、ドロシーは異常な性行為を強要される。

別の日。ジェフリーはドロシーを助けたいと思う反面、言われるがままにドロシーを痛めつけることで彼女と関係を持ってしまう。コマドリの話を嬉しそうにするサンディとのロマンチックな関係とは真逆の世界だ。

一方で、フランクとその仲間たちは麻薬密売に関わるチンピラで、暴力ですべてを服従させるような悪党だった。切り取られた耳はドロシーの夫のものだったのだ。フランクから半殺しの目にあったジェフリーは、自分が巻き込まれた奇妙な事件をウィリアムズ刑事に打ち明けることを決意するのだが……。

映画作りで最高なのは、効果音や音楽を初めて画と合わせて聞く瞬間だ。映画が完成してなくても、全部の音を合わせて聞いてみるんだ。別世界に飛んだ気分になれるよ。


リンチは音楽の使い方もセンス抜群で、一番印象的なのはフランクたちに拉致されたジェフリーが真夜中のゲイクラブに連れて行かれるシーン。そこで流れるのはロイ・オービソンの悲しみを歌った名曲「In Dreams」。

眠りの精はお菓子のピエロ
毎晩こっそりやって来て
星の砂を僕に振りかけ囁く
“おやすみ。何も心配はいらないよ”

夢の中で 僕は君と歩く
夢の中で 僕は君と話す
夢の中で 君は僕のもの
夢の中ではいつも一緒 
美しい夢の中だけで……


予告編


ロイ・オービソンの名曲「In Dreams」が流れるシーン

DVD『ブルーベルベット』

DVD『ブルーベルベット』






*日本公開時チラシ
134580_1
*参考・引用/『ブルーベルベット』DVD特典映像、パンフレット
*このコラムは2016年10月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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