「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the ROOTS

目の前で愛する人が殺された時、人は…

ブリキの兵隊とニクソンがやってくる ついに僕らだけになってしまった ドラムの響きを聞いて過ごした夏 オハイオでは4人の死者が出た 1970年5月4日。オハイオ州…

TAP the STORY

ビースティ・ボーイズ〜すべての活動に貫かれたD.I.Y.精神

「アダムは僕にロープの結び方や、自分の好きなパンク・バンドのバッジの作り方、それからライブにこっそり入るための偽スタンプの作り方まで教えてくれたよ」 癌に冒され…

TAP the DAY

Born in Chicagoを聴きながら…ホワイトブルースの先駆者ポール・バターフィールドの足跡を辿る

この歌は、アメリカを代表するホワイトブルースの先駆者、ポール・バターフィールドが率いたバンドの記念すべきデビュー曲だ。 一部の洋楽ファンの間では「日本において過…

TAP the SONG

寺山修司が世に出した”ふたりのマキ”①浅川マキの世界「かもめ」

浅川マキが2010年に突然のように亡くなった後、音楽プロデューサーの寺本幸司はCDのライナーノーツでこう述べている。 蠍(さそり)座で、寺山修司構成演出で、浅川…

TAP the SONG

RCサクセション「九月になったのに」~歌や音楽でしか伝えられないボロボロの天使たちの叫び

ラジオから流れた歌を聴いてRCサクセションの大ファンになった竹中直人が、熱心にライブへ足を運ぶようになったのは中学3年生の頃だった。 RCサクセションはヤマハの…

Extra便

KISSの武道館公演をNHKテレビの『ヤング・ミュージック・ショー』で見て感激した忌野清志郎の決断

高校生でバンドを作った1968年から活動をともにしてきたオリジナル・メンバーの破廉ケンチが、うつ病でギターが弾けなくなってメンバーから外れたのは、結成から10年…

TAP the LIVE

海外のパフォーマンスを取り入れて昇華させた忌野清志郎

1978年にアコースティックからエレクトリックへと路線を変更したRCサクセションは、忌野清志郎のグラムロックを彷彿とさせる派手な化粧と、エネギッシュでソウルフル…

TAP the SONG

忌野清志郎が歌ってスタンダードになった日本語詞の「デイドリーム・ビリーバー」

1964年の初めからビートルズが全米を制覇して空前のブームを巻き起こしたことに対抗して、アメリカのエンターテインメント業界が用意したのがモンキーズだった。 ビー…

TAP the SCENE

ジャージー・ボーイズ〜音楽への愛に満ち溢れた「君の瞳に恋してる」

『ジャージー・ボーイズ』(JERSEY BOYS/2014) 「絆」とか「友情」という言葉をよく耳にする。しかし口にするのは簡単で、実際に深刻なトラブルに見舞わ…

TAP the SONG

RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」から聴こえてきたホットなメッセージ

1964年の春に中学生になったぼくの小遣いは、4月から500円にまで引き上げられた。これで月に一枚はシングル盤を買えるようになったが、言いかえれば月に一枚だけし…

ミュージックソムリエ

『夢助』に込められた最後のメッセージ~忌野清志郎

忌野清志郎の生前最後のオリジナル・アルバムとなった『夢助』は、2006年5月22日から6月12日にかけて、アメリカのナッシュビルのスタジオでレコーディングされた…

TAP the STORY

新生RCサクセションを率いる忌野清志郎27歳、 「よォーこそ!」で幕を開けた新時代 

1978年4月2日、忌野清志郎は27歳になった。 高校時代にバンドを結成してから10年を迎えたRCサクセションはその頃、ヒット曲もなければ仕事もないという無作為…

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