ザ・ピーナッツが1962年に発表した「ふりむかないで」は、オリジナル・ソングとしては最初のヒット曲である。
1959年に4月に「可愛い花」でレコードデビューしたザ・ピーナッツは、その年の6月から始まったフジテレビ系のポップス番組、『ザ・ヒットパレード』のレギュラーに抜擢されて人気ものになった。
彼女たちの当時のレパートリーは基本的に外国曲で、「キサス・キサス」「乙女の祈り」「悲しき16才」「月影のナポリ」と、カヴァー曲が中心だった。
当時のアメリカン・ポップスやヨーロッパのヒット曲を、双子の姉妹が息のあったユニゾンやハーモニーで歌うことが魅力的だったのだ。
名古屋のクラブで歌っていた双子の姉妹、「伊藤シスターズ」を見出してプロデビューさせたのは、渡辺プロダクションの社長だった渡邊晋である。当時の渡邊普は自らが率いるシックスジョーズのバンマスで、そこのピアニストが宮川泰だった。
宮川泰はザ・ピーナッツがレギュラーを務める『ザ・ヒットパレード』では、アレンジとピアノを担当していた。番組から流れる曲はほとんどが洋楽と呼ばれる外国曲で、当時の日本の流行歌と比べるとどれも新鮮に感じられた。
だが2年以上も番組で歌われる外国曲をアレンジして譜面を書いてきたことで、宮川泰はいつか自分でも作曲できるという手応えを持ち始める。
こんな曲なら俺でも作れるな」なんて、まあ若気の至りですけれど、考えていたんですよ。それでピーナツに「1曲つくってあげるよ!」って言って、『ダイアナ』のイントロのエッセンッスを借りてきてつくったのがこの曲なんです。
試しに作ってみた曲に作詞したのは越路吹雪のマネージャー、訳詞でも活躍していた岩谷時子である。宮川泰はアレンジとレコーディングの段階で、曲の感じがガラッと変わっていった様子をこう解説している。
最初は「ふりむかなあああいーでー」という歌い方だったんです。でもこれだとなんか気が抜けちゃうのね。それで、「ふりむかなはははいーでー」に変えてみたら、すごくよくなったのね。それでそのあとの部分に、今度は中村八大さんが作って坂本九ちゃんが歌った『上を向いて歩こう』の「上をむーいーて、あーるこうおうおうおう‥‥‥」の「おうおうおうおう」のエッセンスを応用して、「イェイイェイイェイイェイ」にしてくっつけたら、なんだか外国語っぽくなっておしゃれに聞こえてきたんですよ‥‥。
宮川泰はこの曲について、はからずも日本と外国のそれぞれの「いいところ」だけを参考にして作ってみたので、作曲家としてはパイロット版みたいな位置づけの作品になったと語っている。
全体的に雰囲気が日本の曲っぽくないんで、知らない人はこれも外国曲のカバーだと思っていたみたいですね。それで僕は「無国籍作曲家」なんていわれたりもしたんだけど、「日本人が作った曲には思えない」っていわれるのはこっちがそのつもりでつくっているだけにうれしかったですね。
坂本九の「上を向いて歩こう」が1961年の秋に発売されて大ヒット、外国曲に負けないオリジナル曲を日本中の少年少女や若者が口ずさんでいた時に、後を追うように「ふりむかないで」が62年の春に登場した。
こうして日本人のオリジナルを作ろうという気運が高まって、日本のポップスが第一歩を踏み出したと言える。
それから55年の歳月が過ぎて、「ふりむかないで」は全員が10代のヴォーカル・グループ、Little Glee Monsterのふたり、アサヒと manaka によるカヴァーでアルバム「ザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス」にも収録された。
宮川泰は”心の師”だと思って尊敬している中村八大のように、永遠に歌い継がれる歌を1曲でもいいから作りたいと語っていたが、それはこうして21世紀になって現実のものになっている。
〈参考文献〉 宮川泰著「若いってすばらしい」(産経新聞出版)
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