『Atom Heart Mother』に『原子心母』にという邦題をつけ、『The Dark Side of the Moon』には『狂気』というタイトルをつけた日本のレコード会社は、1975年に発表されたピンクフロイドの『Wish You Were Here』に『炎』というタイトルをつけた。
だがバンドは、わかりやすいサブタイトルをつけるように、という注文をつけてきたという。
確かに、それまでの邦題はイメージ先行の感が強すぎた。
『Atom Heart Mother』は原子力の心臓ペースメーカーを埋め込んだ母親のことで、『The Dark Side of the Moon』は月の暗い側、といった意味だ。
『Wish You Were Here』のジャケットに描かれていたのはふたりのビジネスマンが握手をしている様子。そしてひとりのビジネスマンは炎で包まれている。今回はイメージ先行というよりは、見たまま、だったのだ。
そこでバンドのメンバーは知り合いの日本人に訳を頼み、『あなたがここにいてほしい』というタイトル案を日本サイドに提案してきたのである。
タイトル曲となった「Wish You Were Here」は、結成メンバーのひとりであり、薬物が原因でバンドを脱退することになったシド・バレットについてロジャー・ウォータースが書いた詩がモチーフになった。
天才と謳われたシド・バレットは特殊な体質の持ち主だった。彼には【共感覚(シナスタジア=synesthesia)】があったのである。
共感覚の持ち主は、五感のひとつが働く時、別の感覚を同時に感じることができると言われている。つまり、文字に音を感じたり、音に色を感じるのである。
アルバム・ジャケットの握手するビジネスマンは、もうひとりのビジネスマンが悪意、もしくは怒りの炎を隠していることに気づかない。
おそらく、シドなら、わかるだろうに、というわけだ。
だから、『あなたがここにいてほしい』なのである。
もっとも、シドは、その特異な才能に押し潰されてしまったのだけれど。。。
そう、あなたには区別がつくわけだ
天国と地獄
青空と痛み
あなたには区別がつくのかい
緑の草原と冷たい鋼のレール
区別がつくと思うかい
あなたはトレードを迫られたわけだ
英雄と幽霊を
熱き灰と木を
熱気とそよ風を
あなたは交換を迫られたのかい
戦地での端役と
檻の中での主役の座を
あなたが、あなたがここにいてほしい
ふたりは
来る年も来る年も
金魚鉢で泳ぐ彷徨える魂だった
同じ場所を駆けずり回っては
同じ恐怖に出会ったものじゃないか
あなたがここにいてほしい