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夜の大捜査線〜アメリカ南部を“夜の熱気の中”で描く歴史的名作

2024.01.06

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『夜の大捜査線』(In the Heat of the Night/1967)


『夜の大捜査線』(In the Heat of the Night/1967)を観るまで、実は随分と時間が掛かってしまった。もちろんアカデミー賞の作品賞にも輝いたこの映画の存在は知っていた。だが、邦題の影響もあって長らく敬遠してしまったのだ。そう、似たタイトルを持つあのテレビドラマ/テレビ映画の存在である。後者のイメージがこの素晴らしい映画を遠ざけていた。こんな理由でまだ手をつけていない人も意外と多いかもしれない。

いきなりオープニングの秀逸さにやられてしまった。南部の熱い夜に流れるレイ・チャールズが歌う「In the Heat of the Night」。これだけで何が始まるのか釘付けだ。本当のタイトルは『夜の熱気の中で』とすべきだろう。そして南部の汗のように全編に染み渡るクインシー・ジョーンズの音楽。原作となったジョン・ボールの同名小説はこんな書き出しで始まる。

午前2時50分。ウェルズの町はぐったりと暑気の中に沈潜していた。1万1千の住民の大部分はイライラと寝返りを打って、寝につく気にもなれない少数の人は、息詰まるような夜の空気を動かしてくれる微風の、かけらすらない空を恨んでいた。


主演は黒人映画俳優の先駆者シドニー・ポワチエ、そして本作でアカデミー賞主演男優賞を獲得したロッド・スタイガーの二人。映画は単なるミステリーやサスペンスの枠を超え、「アメリカの重要な断面を捉えた鮮度の高い」社会派ドラマとして、公開当時大きな話題になったという。言うまでもなく、南部における白人の偏見と黒人への差別だ。

キング牧師が先導した公民権運動は、法の上では1964年7月に一応は成立した。だが“現場”ではそう簡単に新しいルールは始まるわけがない。『夜の大捜査線』はそんな時期に作られた。これは北部と南部、黒人と白人、都会と田舎、知性と感情、未来と過去といった二つの相反する世界、その間における微かな歩み寄りを描こうとした名作だ。

(以下ストーリー・結末含む)
アメリカ南部、ミシシッピの田舎町。深夜、いつものようにカントリーソングを聴きながらパトカーで巡回していた警察官のサム(ウォーレン・オーツ)は、路上で男の死体を発見する。殺されたのは町の実業家ということもあり、署長のビル(ロッド・スタイガー)は犯人逮捕に躍起になる。

その頃、駅の待合室にはバージル(シドニー・ポワチエ)がいた。次の列車を乗り継ぐためにたまたま降り立ったのだ。サムはバージルが黒人だというだけで署に連行する。ところが、バージルはフィラデルフィア警察の殺人課の優秀な刑事で、休暇を利用して故郷の母に会うために南部へ来たことが判明する。

都会の黒人が自分たちより遥かに洗練されていて優秀だという事実は、田舎町の白人警官には考えられない。面倒ごとはすべて黒人が起こすと思い込んでて、自分たちより金を稼いでいることが気に食わない。しかし、殺人事件など扱ったことがないビルはバージルに捜査を一任。失敗したらバージルの責任にすればいいし、うまくいけば自分の手柄にすればいい。

こうしてバージルの捜査が始まるが、それは犯人探しと同時に、一人の黒人が直面する南部の根強い偏見と差別でもあった。バージルの手腕は非の打ち所がないぶん、黒人に調べられるという事実に一部の住民たちは殺気立つ。一方、ビルの心の中には微妙な変化が芽生える。バージルが有能な刑事であるばかりでなく、誇りと礼儀を兼ね備えた立派な人間でもあるということに気づく。

二人の間に友情や信頼が築かれようとしている時、捜査は大詰めを迎える。すべてはどうしようもない連中がしでかした事件だったのだ。ラストシーン。南部を発つバージルを駅まで見送るビル。北部と南部、黒人と白人、都会と田舎、知性と感情、未来と過去……二人は何を想うのか。ビルが微笑むと、列車に乗り込んだバージルも少し遅れて微笑んだ。

予告編


レイ・チャールズのナンバーが流れるオープニング
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『夜の大捜査線』


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*日本公開時チラシ

*参考・引用/『夜の大捜査線』パンフレット
*このコラムは2018年9月に公開されました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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