『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』(20 Feet from Stardom/2013)
シュガープラムが街に出た。ソウルフードを食べながら。
アポロシアターへ行った。見ものだったぜ。
みんなが言う。「ワイルド・サイドを歩け」。
俺も「冒険しようぜ」と。
そして黒人女たちが歌う。ドゥドゥドゥ・・・
(ルー・リード「ワイルド・サイドを歩け」/映画字幕歌詞より)
バックシンガーたちがいなければ、あの曲は絶対に名曲にはならなかった。例えば、レイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ」、ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」、デヴィッド・ボウイの「ヤング・アメリカン」、レイナード・スキナードの「スウィート・ホーム・アラバマ」、ドナ・サマーの「バッド・ガール」、フランク・シナトラの「ザッツ・ライフ」……。
彼女たちがいなければ、随分と間抜けな歌になっていたはずだ。あの印象的な歌声やコーラスがあったからこそ、誰もが知る曲になったのだ。
だが、バックシンガーの待遇は決して恵まれているとは言えない。いくら音楽を愛していても、歌うことが楽しくても、実力があっても、それだけでは生き残れない。業界での売り込みや駆け引きができずに、運から見放され、多くの歌い手たちが“名もなき者”として志半ばで去っていく。
1990年代以降になると、コンピュータ技術の急速な発達やレコーディング経費の削減によって、バックシンガー自体の必要性が問われたこともあった。
ブルース・スプリングスティーンは言う。
「数歩の距離だけど難しい。バックコーラスからセンターの位置に来るまでは。いくら後ろで歌っても目立たない。歌唱力の問題じゃない。精神的なものなんだ。前で歌う心構えをきちんと持てる人ならセンターに立てる。でも多くの人が馴染めない。強い自分がないから」
『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』(20 Feet from Stardom/2013)は、トップスターの影に隠れたバックシンガーたちにスポットライトをあてた珠玉のドキュメンタリー。
どんなに傷ついても歌うことを諦めなかった6人の歌姫たちのそれぞれの物語を軸に、彼女たちに支えられたミック・ジャガー、スティング、スティーヴィー・ワンダー、ルー・アドラーといった面々によって貴重なエピソードが語られていく。
彼女たちの多くは、幼い頃に教会で触れたゴスペル音楽が歌うことを目覚めさせた経験だったと口を揃える。ダーレン・ラヴもその一人だ。
上品な白人コーラスが主流だった時代に、躍動感あふれる黒人コーラスグループのブロッサムズとしてデビュー。その後、奇才フィル・スペクターと出逢ってレコーディングするものの、自分の声が他人名義で発売されてナンバーワン・ヒットしてしまう。
スペクターとの確執から解放されて心機一転したのも束の間、ビジネス上の問題でまたもやスペクターの管理下に置かれる悪夢。失意の中で音楽を忘れ、生活するためにカリフォルニアで人知れず家政婦として働いていたラヴ。教会で歌うことが唯一の楽しみだった。
そんなクリスマスのある日。いつものように仕事で浴室を掃除していると、ラジオから突然、自分の歌声の「クリスマス」が聞こえてきた。
ラヴは思わず顔を見上げた。そしてこう思った。「あなたの仕事は歌うこと。みんながあなたの声を待ってる。もう一度歌わなければ」。そして80年代に復帰する。彼女はロックの殿堂入りを果たした。
レイ・チャールズお抱えのレイレッツにいたメリー・クレイトンは、数多くのロックやポップスのバックコーラスを経験するが、中でも1本の電話が忘れられない思い出だと語る。
ストーンズの「ギミー・シェルター」のレコーディングに呼ばれたのだ。真夜中にミック・ジャガーと向き合い、夜明けになってあの有名な曲は完成した。メリーはクラブで歌い続けている。
アイク&ターナーのバックコーラス、アイケッツのメンバーだったクラウディア・リニア。しかし、セクシーな衣装やダンスはステージのお飾りと馬鹿にされ、プレイボーイ誌のグラビアに出ても何の意味もなかった。
そんな彼女を救ったのはミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイらロック・ミュージシャンたち。現在はスペイン語の教師をしているが、「音楽を憎んだことは一度もない」と言う。
80年代にルーサー・ヴァンドロスのバックシンガーとして頭角を現し、ソロデビュー作でいきなりグラミー賞を獲得したリサ・フィッシャーは、2作目のタイミングを外したせいでスターダムの道を断たれる。
だが89年以降はストーンズやスティングのツアーに同行して活躍。世界最高峰との評価が高い彼女は、バックコーラスを「小さな羽根のようなもの。息を吹きかけると飛んでいく。落ち着きなく舞い続け、そっと着地する」と表現した。
映画は他にもモータウンで活動したタタ・ヴェガやジュディス・ヒルなども登場。マイケル・ジャクソンに認められた矢先の悲劇。追悼式で「ヒール・ザ・ワールド」を歌唱して一躍時の人となったジュディスは、有名になってもバックコーラスを副業としている。
映画のクライマックス。ダーレン・ラヴがソロをとり、リサ・フィッシャーやジュディス・ヒルらがバックコーラスを務めて一緒に歌うのは、ビル・ウィザースの名曲「リーン・オン・ミー」だ。
予告編
ダーレン・ラヴが歌う「Christmas」は世界で最も有名なクリスマスソングの一つ
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』DVD特典映像
*このコラムは2016年12月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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