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ジェームス・ブラウンと公民権運動①「I Got You (I Feel Good)」〜ジェームス・ブラウンがやがて政治に巻き込まれるまで

2016.09.26

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ジェームス・ブラウンが黒人の人権運動に熱心だったことは、2016年夏に日本でロードショーされた映画『ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』で、その映像が公開されるまで、知る人は少なかったかもしれない。

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映画ではジェームス・ブラウンが、黒人活動家ジェームス・メレディスによる1966年6月の「恐怖に抗する行進」に参加し、最終地点のジャクソンで開催された集会で行われた彼のライブ・ショーの映像が公開された。
この時が初めてジェームス・ブラウンが人権運動に関わりを持った時であり、政治に巻き込まれた瞬間だと言われている。


ところが1964年に、そのきっかけとなる出来事があった。
それは、ジョージア州にあるメイコン公会堂と、オーガスタのベル公会堂で行うコンサートで、当時はまだ分けられていた黒人席と白人席の境界を取っ払ったことだ。
当時はまだ白人のスターが公演する時は1階のメインフロアが白人席で、2階のバルコニー席が黒人席となり、黒人スターの公演の時はその反対に、メインフロアが黒人席となっていた。それを当日、黒人も白人も一緒にメインフロアに入れて、1階がいっぱいになったところで2階席を開放することで、黒人も白人も一緒にコンサートを楽しんでもらうということに成功していたのだ。

この時のジェームス・ブラウンは、まだ人権問題にさほど関心はなかったという。
ただ単に人種差別のある場所でライブをやりたいと思わなかったのだ。
アメリカの全人口における黒人の割合は12〜13%だから、当時はモータウンを始め、黒人ミュージシャンは白人のファンをもつかまなければビジネスにはならない。そういうことは、ビジネスに長けていたジェームス・ブラウンも意識していたといえるだろう。

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1960年代半ば頃になると、ジェームス・ブラウンの人気は不動の地位を築いていた。
1965年にリリースされた「I Got You (I Feel Good)」は、R&Bチャートで6週連続1位を記録し、ビルボード・チャートでも3位を記録する大ヒットとなった。
そして1966年5月には、エド・サリバン・ショーにも出演する。
その華麗なステップと彼のファンクは多くのファンを魅了した。



この「I Got You (I Feel Good)」は、「恐怖に抗する行進」の集会でも演奏された。約1万5千人もの人が集まったというこの場所には、マーティン・ルーサー・キング牧師の姿もあった。

やがて多くの政治家や人権活動家たちがジェームス・ブラウンに接触してきた。
当時の彼の人気と影響力を欲しいと思うのも無理は無かっただろう。
また、キング牧師とも親密になり、ジェームス・ブラウンは公民権運動の象徴的な存在として位置づけられていく。

しかし1968年4月4日、キング牧師が暗殺される。
映画では、その日全米の各都市で暴動が起こる中、ボストンで開催されたコンサートの映像も公開された。
ボストンでは不穏な空気の中、ステージに上がる観客を押しとどめようとする警官を制止し、観客に対して「頼むからショーを続けさせてくれ、同胞たちの誇りを傷つけるな」と語るジェームス・ブラウンの姿がテレビでも放映され、この日ボストンは暴動の起こらなかった数少ない都市の一つであったとされている。

この頃からジェームス・ブラウンは自分自身のエンターテイメントと音楽(ファンク)を押し進めながらも、人権運動との狭間で揺れながら、しだいに音楽も政治的な色合いを帯びていくのだった。


■次回〜ジェームス・ブラウンと公民権運動②〜政治と人権運動に翻弄されたジェームス・ブラウンがザイール’74で放つ「Say it loud – I’m black and I’m proud」に続きます。



参考文献:「俺がJBだ!ジェームス・ブラウン自叙伝」ジェームズ・ブラウン、ブルース・タッカー著、山形浩生、渡辺佐智江、クイッグリー裕子訳 文春文庫 
映画『ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』公式パンフレット

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