1981年7月16日、完成度の高い歌詞で“ストーリーテラー”とも呼ばれたアメリカのシンガーソングライター、ハリー・チェイピン(享年38)が突然この世を去った。
チャリティーコンサートを行う為にマンハッタンへ車で向かう途中、
ニューヨーク近郊の高速道路(ロング・アイランド・エクスプレスウェイ)で交通事故に遭い、ヘリコプターで病院に運ばれ蘇生が試みられたが…意識が戻ることはなかった。
飢餓と貧困の撲滅を目的に『World Hunger Year(WHY) 』という慈善団体を設立した人物でもある。環境問題にも取り組み、様々なチャリティーを行いながらコンサートの売上げを寄付するなど、その活動を通じて常に政治的なメッセージを発信し続けていた。彼の死後、その慈善活動は引き継がれ『ハリー・チェイピン記念基金』が設立されるまでとなった。
その活動に興味を持ったハリー・ベラフォンテ(アメリカを代表する音楽家・俳優・社会活動家)が提唱者の一人となり、アフリカ飢餓救済のためのベネフィットソング「We Are The World」へと繋がっていったのだ。
1972年(当時30歳)に1stアルバム『Heads & Tales』(エレクトラ)でデビューしたハリー・チェイピンは、ジェイムズ・テイラー、エルトン・ジョン、キャロル・キング、ギルバート・オサリバン、ビリー・ジョエルなど、1960年代後半から頭角を現し始めたシンガーソングライター達の一歩後ろを歩くように登場したアーティストである。
二十代の頃には、ボクシングを題材にしたドキュメンタリー映画『Legendary Champions』を監督してアカデミー賞候補になったり、映画『Blue Water, White Death(青い海と白い鮫)』のサウンドトラックを担当したりもしている。
デビュー後の1970年代半ばからは、ソングライターとしてアメリカ国内において注目を集める存在となった。1stアルバムからシングルカットした「Taxi」がボストンのラジオで頻繁に流されるようになり、ローカルヒットを記録。
1973年に発表した3rdアルバム『Short Stories』では、物語性のある楽曲(歌詞)が高い評価を得る。1974年には4thアルバム『Verities & Balderdash(真実と戯言)』からのシングルカット曲「Cat’s in the Cradle(ゆりかごの猫)」で遂に全米チャート1位を獲得。
アメリカで作品がナンバー1ヒットとなり、32歳の若さで富裕層となるべく印税を手にする。しかし、入ってくる印税のほとんどを寄付と福祉にあてた。翌1975年にはWHY(World Hunger Year)という慈善団体を設立し、飢餓と貧困の撲滅をめざす活動をスタートさせる。
死後、妻のサンディーはこう語っている。
「ハリーは、貯蓄というものに全く関心がありませんでした。お金は人々のためのものだというのが口ぐせで、手元に残そうとはしませんでした」
その後、ハリーが音楽活動を通じて寄附にまわした金額は、総計300万ドルを超えたという。
全米1位を記録した代表曲「Cat’s in the Cradle(ゆりかごの猫)」は、31歳の時に妻のサンディーとの共作したものだった。この歌のサビでは、詩的なメタファーを用いながら“すれちがう親子”の会話が描かれている。
“the silver spoon(銀のスプーン)”は、「良い家庭に生まれてきた」ということを表す言葉。“Little boy blue(小さな男の子の憂鬱)”は、イギリスの伝承童謡集『マザー・グース』の唄にでてくる少年のこと。そして“the man in the moon(月に住んでいる男)” も、同じ童話に登場する人物のことらしい。
ハリーとサンディーは、この歌詞にどんな想いを込めたのだろう? 息子の誕生、成長、巣立ち、そして歳老いた自分が“あの日の自分”と重ね合わせる息子の姿。教訓と風刺を織り込んだ、実によく出来た“童話”のような歌である。


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執筆者
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html







