1950年代末から1960年代初頭、ボブ・ディランは社会の激動と共に転機を迎える。生まれ育ったミネソタからニューヨークへと身を移し、当時プロテストソングの先駆者として活躍していたアーティスト達から新たな刺激を受ける。
ウディ・ガスリー、ピート・シーガー、ジャック・エリオット、オデッタ、デイヴ・ヴァン・ロンクなど、ディランは彼らの歌や生き方から多くのものを学ぶ。そしてジョーン・バエズと出会い、彼の運命は大きく変わり始める。
「私が初めてボビーと出会ったのは1961年だった。グリニッジ・ヴィレッジにあったイタリア風のバー&レストラン“ガーディス・フォークシティ”で演奏している彼を観た。よれよれの革ジャンを着て歌う彼の曲は、どれも独創的で新鮮だったわ。柔らかくて感覚的、それでいて子供っぽく、敏感で寡黙なイメージ。彼は自分の歌の中に“言葉”を吐き出していた」
その日、演奏が終わるとディランはジョーン・バエズのテーブルに行き、立ったまま独り言でも呟くように挨拶をしたという。彼女はシャーリー・テンプル(レモン・ライム・ソーダをベースとしたノンアルコールカクテル)を飲みながら、彼の顔をじっと眺めていた。
「ボビーという青年は今まで出会った連中とまったく別格だった。人の心を打つ何かを持っていることは間違いなかったわ。その瞬間から私の心が何かに向かって動き始めたのを憶えている」
彼らが“特別な関係”になるまで時間はかからなかった。のちにジョーン・バエズは、当時の心境を「Diamonds And Rust」という曲の歌詞にしたためた。
あなたはいきなり現れた
すでに伝説で
磨かれていない原石で
生まれながらの放浪者だった
今、私たちはあの安ホテルの窓辺で微笑む
ワシントン・スクエア広場を望みながら
二人の息は混じり合って窓を曇らす
正直に言うわ。あの時あそこで死んでもよかったの
ニューヨークのマンハッタン区グリニッジ・ヴィレッジにある、ワシントン・スクエア公園を見下ろすその安ホテルは、当時一泊12ドルだった。
ルームサービスはなく、麻薬常習者や売人など、ニューヨークに流れ着いた怪しげな下層階級の人間がそこを定宿にしていた。ジョーン・バエズが宿泊していた部屋で、ディランは我が家に帰ったかのようにくつろいだという。
「私たちは恋に落ちていた。私は彼より6ヶ月歳上なだけなのに、まるで彼の母親にでもなったような気がしていた。同時に私は彼の姉でもあり、彼がジャックなら私はクイーン、双子の星の片割れでもあった。私たちはそのホテルで神話から抜け出したような時間を過ごした」
出会ったばかりの二人は、冷たい風の吹きすさぶ街をあてもなく歩き廻り、午後になる頃にマクドゥーガル通りで遅い朝食を食べていた。
「二人の白い吐息が一つに溶け合い、冬の空をさまよう…あの時、あの場所でなら一緒に死ねた。本当にそう思えた」
やがて二人は歌をわかちあうようになる。ジョーン・バエズはディランと出会った年の9月に『Joan Baez Vol.2』を発表し、ゴールドアルバムを獲得した。彼女は“フォークの女王”と称される存在となり、自らのブレーンや聴衆にディランの才能を紹介するようになる。
ニューヨークを中心に巻き起こったフォーク・リバイバルのムーブメントの中、当時コロムビアレコードのプロデューサーだったジョン・ハモンドが“次に売り出す”アーティストを探していた。そのうちの一人であった女性シンガーのキャロリン・ヘスターのレコーディングに(本人からの依頼で)ディランはハーモニカの演奏で参加する。
同年、ハリー・ベラフォンテのアルバム『Midnight Special』レコーディングに参加したことや、タイムズ紙で好意的に論評されたことをきっかけに、ディランはコロムビアと契約を交わす。そして翌1962年3月、ディランは1stアルバム『Bob Dylan』でデビューを果たした。
「ボビーにはある種のカリスマ性があった。私は彼を束縛しない唯一の人間になりたいと思う一方で、凄まじいまでの独占欲を胸に秘めていた。私たちはお互いの自由を尊重していて、束縛のようなものは一切なかった。あるのは心地の良さと、笑いと、溢れる愛だけだった。それに彼の才能は私にとって最高の楽しみでもあった」
<参考文献『ジョーン・バエズ自伝―WE SHALL OVERCOME』ジョーン・バエズ (著)矢沢寛(翻訳)佐藤ひろみ(翻訳)/ 晶文社>
Joan Baez Vol.2
Bob Dylan
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