「貴族の庭でジャズ」
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、一躍国力を高めたアメリカには、数多くの富豪たちが生まれた。ロードアイランド州大西洋岸の古い波止場町にすぎなかったニューポートには、贅を尽くした瀟洒な別荘が立ち並び、景色を一変させる。「階級なき国、アメリカ」のハイソサエティである。
そこにジャズがやってきたのは、1954年7月のこと。世界初の「ジャズ・フェスティバル」はこの地、ニューポートでうぶ声をあげている。
このイベントを立ち上げた仕掛人のひとり、煙草王の家系で、ニューポート社交界のルイス・エレイン・ロリラード夫人は、「ミュージシャンと熱狂的な観衆とを、アメリカ上流階級の庭に一堂に集めたこと」と語っている。
小規模ながら、成功をおさめたことから、フェスティバルは毎年8月、定期開催されることが決められた。
演奏は、メイン・ステージばかりでなく、ニューポートのカジノの大庭園のあちこちで行われ、一昼夜に及んだことで、画期的な変化がもたらされた。
それまで、夜のものとばかり考えられてきたジャズ・ミュージックを、薄暗い酒場から、さんさんたる日差しの下に引き出したこと。さらには、ジャズという限られた音楽を何千人、何万人の観客の前に引き出すという大きな意義があった。
第5回ジャズ・フェスの奇跡を記録
年を追うごとにミュージシャンの幅も広げていったジャズ・フェスだが、ジャズの歴史をふりかえっても空前絶後といえるミュージシャンを一堂に会することが実現する。
それが、1958年8月に開催された「第5回ジャズ・フェスティバル」だった。
この年、1958年は、ジャズにとって実りの年。出演者を一覧すればわかるように、それぞれのミュージシャンがそのキャリアのピークにあった。
ジャズ史に残る名盤中の名盤はこの時期に録音されている。ジャンルとしても、クラシック・ジャズばかりではなく、ビバップ、クール・ジャズ、ウエスト・コーストなど、モダンジャズの新潮流もカバーされている。
だが、ニューポート・ジャズの名を世界的に広めたのは『真夏の夜のジャズ』、なんといっても1959年に公開された一本の劇場映画の世界的なヒットだった。(1960年カンヌ映画祭でも特別公開)
この作品は、1958年7月3日から6日までの4日間にわたって開催された第5回ニューポート・ジャズ・フェスの模様を収録した記録映画である。
4日間カメラが回され、トータルで24時間分、10万フィート以上のフィルムが撮影され、82分の記録映画として編集された。
牧歌的幸福に満ちた時代の記録
この映画に抜擢されたバート・スターンは、映画監督ではなかった。彼はニューヨークのファッション界で名をなしたフォトグラファーで、しかも当時28歳の若さ。おまけに一本の映画も撮ったこともなかった。
カメラ・ワークはスタイリッシュで自由気まま。汗みずくのチコ・ハミルトンを凝視したかと思えば、いきなり観客席にカメラをふって、アイス・クリームにかぶりつく少女の真剣な眼差しを見つめたり。幸せそうな奏者と聞き手とが、心許しあってひとつになってゆくありさまを写しとってゆく。
「音楽を扱ったドキュメンタリーのなかでも、最高水準にある作品。幾度のリバイバル上映に堪え、新たなジャズ・ファンを改革した」と高く評価されている。
「真夏の夜の夢を見せてくれた映画。「有名ジャズメンがちらりと顔を見せる映画はいくらでもあるが、不思議なことにジャズを主役にした映画は、今日まで皆無に等しい。この映画はジャズと取り組んだ史上唯一の長編映画であり、初公開以来何度となく繰り返し上映されてきたが、今もジャズファンの間で、「幻の名画」となっている。主人公はジャズ。演奏するジャズマンとそれを聴く聴衆の喜び、興奮が生きたドラマとなり、アメリカ人の生活の詩となっている。」
(野口久光・映画評論家)
この映画が公開されておよそ60年。アメリカのジャズが最も輝いている瞬間を記録したこの映画は、60年代に表面化する政治的混乱を数年後にひかえながらも、人種的偏見などないコミュニティによって演奏され、牧歌的幸福に満ちた時代の記録となったのである。
映画『真夏の夜のジャズ』出演者リスト
01. トレイン・アンド・ザ・リヴァー(ジミー・ジュフリー・スリー)
02. ブルー・モンク(セロニアス・モンク)
03. ブルース(ソニー・スティット)
04. スウィート・ジョージア・ブラウン(アニタ・オデイ)
05. 二人でお茶を(同)
06. ロンド(ジョージ・シアリング・クインテット)
07. オール・オブ・ミー(ダイナ・ワシントン)
08. アズ・キャッチ・キャン(ジェリー・マリガン・カルテット)
09. アイ・エイント・マッド・アット・ユー(ビッグ・メイベル・スミス)
10. スウィート・リトル・シックスティーン(チャック・ベリー)
11. ブルー・サンズ(チコ・ハミルトン・クインテット)
12. レイジー・リヴァー(ルイ・アームストロング・オールスターズ)
13. タイガー・ラグ(同)
14. ロッキン・チェア(ルイ・アームストロング、ジャック・ティーガーデン)
15. 聖者の行進(ルイ・アームストロング・オールスターズ)
16. 神の国を歩もう(マヘリア・ジャクソン)
17. 雨が降ったよ(同)
18. 主の祈り(同)
(注)本コラムは2016年8月31日に初公開されました。
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