24人のキャラクターを動かした「神の眼」
拡声器で大音量をふりまきながら、ナッシュビルの市街を走りぬける選挙カー。
映画「ナッシュビル」(Nashville/1975)は、そんなシーンで幕をあける。
大統領予備選は、あくまで架空の設定。物語の主軸は、カントリー・ミュージックの聖地、ナッシュビルで開かれる音楽祭でひと旗あげることを夢見て集うミュージシャンたちの人間模様。
監督は群像劇の名手、ロバート・アルトマン。インタビューの中で彼は、「ナッシュビル」とは「僕のグランド・ホテル」と明かしている。
「グランド・ホテル」とは1932年に公開された伝説的な名作。一軒のホテルに集う人々の人間模様を描いた作品で、それにちなんで「グランドホテル様式」という言葉も生まれた。
群像劇は、様々な人間模様を、人形使いのようにたぐり操る手法をいうが、監督はドラマの始まりから結末までキャラクターを見渡す「神の眼」を持っていなければならない。
評伝を読むかぎり、アルトマンの人となりは、育ちもよく、ユーモアをたやさぬ好人物として描かれている。ところがひとたび撮影現場に足を踏み入れたとたん、人格は豹変するという。
撮影クルーを震えあがらせるのは、アルトマンの「ひらめき」。
映画とは何かと問われて、「波打ち際の砂の城。波にうたれ、あとかたもなく消えてゆく」と答えているように、一瞬のひらめきは、座右の銘となっている。
アルトマンは、無名時代、「ヒッチコック劇場」や戦争ドラマ「コンバット」シリーズなど、低予算、スピード撮影はお手のものという荒々しい戦歴がある。巨匠ではなく、「アメリカン・インディーズの父」と呼ばれることを誇りとする彼のスピリットには、そんな自信とプライドが隠されている。
この映画で彼が立てたコンテは、総勢24名のキャラクターを5日間、自由に動かして3時間50分の映画に凝縮すること。ギャランティは、一律週給750ドル。音楽シーンは、現場で歌わせ、その場で収録、臨場感を盛り上げる。
キャラクターも多彩な人材に彩られているが、それはアルトマン監督への全幅の信頼あってのことだった。
アルトマンは、およそ10週間の間、スタッフとキャストをナッシュビルの同じホテルに泊まらせ、仕事ばかりではなく仕事以外のほとんどの生活を共にした。それが彼の「ひらめき」だった。
「言葉を交わし、それを活かした物語に仕立てようと思った。臨場感があったとしたら、それは彼らのおかげだった」とアルトマンは言う。
「南部のアテネ」、ナッシュビルのステージに響いた銃声
テンガロンハットに白づくめのカントリーの大御所、ヘビン・ハミルトン。心身ともに傷をおった落魄の歌姫、ロニー・ブレークリー。彼女は地元ナッシュビル出身の歌手で、現実のスター、ロレッタ・リンをモデルとして描かれているという。
そのライバルであるグラマーな二流歌手、カレン・ブラック。女のベッドの電話から、気のなさげに次の女を口説くニヒルな浮気男、キース・キュラダイン、黒人ながらカントリー・シンガーである葛藤に悩む歌手、ティモシー・ブラウン。
そして、バーバラ・ハリス、リリー・トムリン、BBC放送のリポーターというふれこみは嘘だったことがばれるジェラルディン・チャップリン。ヴァイオリン・ケース一つで家を捨てた暗い眼をした寡黙な青年。
と、個性きわだつ顔ぶれが綾をなし、ドラマは運命の日に向けて突き進んでゆく。
「パルテノン神殿」のレプリカントがあることから、「南部のアテネ」と呼ばれるナッシュビルのグランド・オープリーの会場で、悲劇は起きる。
コンサートのクライマックス。ヴァイオリン・ケースから引きだされた銃が火を吹き、歌姫の純白のドレスがみるみる朱(あけ)に染まる。
パニックにおちいり、阿鼻叫喚となったステージを鎮めようと、会場に居合わせた歌い手たちはなすべもなく、ステージに上がって歌い始める。
そうよ、人生はままならない。
でも、だからなんだというの
ミュージシャンたちの手から手にマイクが手渡され、歌は果てることなく続いてゆく。
そして、「ものみな歌で終わる」
いったいこれが群像劇のフィナーレなのか、銃撃事件の実写ドキュメンタリー映像なのか、虚実紙一重、区別がつかなくなるほどの臨場感こそアルトマンの本領なのだ。
この作品が構想されたのは、1976年の「アメリカ建国200年」を控えた1975年。
その年にベトナム戦争も終結するが、その1年前には、現役大統領(ニクソン)が、任期中に、ウォーターゲイト・スキャンダルで引責辞任。国民は自国の大統領がホワイトハウスからヘリコプターで「脱出」するという光景を見せつけられている。
この200年、いったいアメリカは何を得、そして何を失ったのか?
この作品には、アルトマンの鋭い問いかけが秘められている。
Ronee Blakley「Does」
Ronee Blakley「My Idaho home」
Keith Carradine「I’m easy」

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