「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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Extra便

追悼・前田憲男~木の板に白と黒の鍵盤を書いた音が出ない”木(キ)ーボード”を弾いて練習していた天才少年

学生時代の宮川泰は、京都の美術大学に籍を置きながら友達とバンド組んで、夜は大阪のナイトクラブなどで演奏していた。 どういうわけか、宮川は人の演奏を真似て弾くのが…

ミュージックソムリエ

夭折のシンガーソングライター、ニック・ドレイクの謎に包まれた生涯(後編)~孤独と絶望の果てに

190センチ以上もある長身に長い髪、清潔感あふれる白いシャツにダーク・スーツや黒いジャケットを身に着け、常にエレガントな雰囲気を漂わせていたニック・ドレイク。 …

ミュージックソムリエ

夭折のシンガーソングライター、ニック・ドレイクの謎に包まれた生涯(前編)~見出された才能

1969年から1972年の3年間に、たった3枚のオリジナルアルバムを遺して、26歳の若さで夭折したイギリスのシンガーソングライター、ニック・ドレイク。 その歌声…

TAP the SONG

自衛隊の市ヶ谷駐屯地で自決を遂げた日に三島由紀夫が歌った「唐獅子牡丹」

三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地において東部方面総監室を占拠し、憲法改正のために自衛隊の決起を呼びかけた後で、覚悟の自決を遂げたのは1970年11月25日のこと…

TAP the SCENE

ボヘミアン・ラプソディ〜「グラムロックの残りカス」と酷評されたクイーンの快進撃

『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody/2018) クイーン、そしてフレディ・マーキュリーの知られざる姿を描いた映画『ボヘミアン・ラプソ…

TAP the ROOTS

なぜフレディ・マーキュリーは「伝説のチャンピオン」を複数形にしたのか

♪ウィー・アー・ザ・チャンピオンズ マイ・フレンド♪ フレディー・マーキュリーが書いた「伝説のチャンピオン」は、試合後、勝者を讃える歌として数多くの競技場で歌わ…

TAP the ROOTS

クイーンの名曲「キラー・クイーン」に潜む甘い罠

「この曲は、完璧なポップソングであり、フレディが書いた偉大な曲の一つに数えられるだろう。そして私も、あのようなギターソロを弾けたことを光栄に思っている」 200…

TAP the ROOTS

“スマイル”の先にフレディ・マーキュリーが見たもの

1970年6月27日。英国の南西部突端にあるトゥルーロ・シティ・ホールのコンサートに、彼らはそれまでと違う名前で現れた。 ブライアン・メイがロジャー・テイラーら…

TAP the CHANGE

若き日のフレディ・マーキュリーが憧れたロックスターはジミ・ヘンドリックスだった

「彼は僕がなりたかったものすべてを体現していた」 フレディ・マーキュリーがもっとも尊敬する人物の一人として挙げているのが、ジミ・ヘンドリックスだ。 フレディの本…

TAP the NEWS

フレディ・マーキュリー死の直前〜死を受け入れながら過ごした日々

1986年10月。英国のマスコミは、人気ロックバンドのクイーンのヴォーカリストであるフレディ・マーキュリーが、ロンドン・ハーレー街(上流階級の住宅地区)の診療所…

TAP the STORY

フレディ・マーキュリーの27歳~わずか半年で無名からロックスターへ

1973年9月5日、フレディ・マーキュリーが27歳の誕生日を迎えたのは、クイーンがファースト・アルバム『戦慄の王女』をリリースして2ヶ月が過ぎた頃だった。 アル…

TAP the SCENE

死刑台のエレベーター〜夜の街に漂うマイルス・デイヴィスのトランペットと完全犯罪の崩壊

『死刑台のエレベーター』(Ascenseur pour l’échafaud/1957) もう耐えられない……愛してる。だからやるのよ。離れないわ。…

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