『死刑台のエレベーター』(Ascenseur pour l’échafaud/1957)
もう耐えられない……愛してる。だからやるのよ。離れないわ。
私もそこにいる。あなたと一緒なのよ。
ジャンヌ・モローの顔が画面いっぱいに映り、そんな台詞が囁かれる。彼女は公衆電話ボックスの中で受話器を握っている。すると今度はモーリス・ロネの緊迫した表情に切り替わる。彼はパリの街並みが一望できるオフィスの片隅で受話器を握ったまま、こう囁き返す。
愛してる……今は君の声だけが頼りだ。
愛し合う自分たちのために、この後完全犯罪へ向かって動こうとする男と女の直前の会話。そこにマイルス・デイヴィスのクールなトランペットが鳴り響く。
こんなにもスタイリッシュで色っぽい始まり方をする作品は、あらゆる映画の中でも『死刑台のエレベーター』(Ascenseur pour l’échafaud/1957)以外はすぐに思いつかない。ヌーヴェル・ヴァーグの先駆けとも言われる本作を監督したのは、当時弱冠25歳のルイ・マル。
たった1年の現場経験しかない新人監督がいきなり長編デビュー。しかも有名スターやミュージシャンを起用できたのは、ルイ・マルが大実業家の富豪の息子であり、父親からの莫大な援助によって実現したというのは有名な話だ。だがそんなことは抜きにして、これほど音と画の調和が全編に渡って整った作品も珍しく、その鋭い映像感覚はあまりにも衝撃的だった。
幼い頃から映画や音楽をはじめとする多くの文化に深く触れることができたマル監督は、同時期のトリュフォーやゴダールのようにカイエ・デュ・シネマ派の批評や理論とは向き合わず、初めから制作の人だった。運動に参加するというより、ただ作家として作品を創りたかっただけらしく、だからヌーヴェル・バーグの旗手のように扱われることを嫌ったという。
『死刑台のエレベーター』は3楽章の音楽に見立てて作ったと言われている。つまり、ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ、若いカップルという三者の時間の流れだ。決して出会わない関係でありながらも、マイルス・デイヴィスの静と動を使い分けたトランペットがそれぞれの登場人物の心象風景を繋げていく。
モダン・ジャズとフランス映画が最高の形で結びついたことによって、『死刑台のエレベーター』は“シネ・ジャズ”の出発点、最高傑作にもなった。数年の間でいくつもの犯罪映画やサウンドトラックが作られるブームになったが、街を彷徨うシーンでのミュート・トランペット、追跡シーンでのアップ・テンポのベース、暴力シーンでのドラム・ソロといった雛形は、マイルスが築いたと言っても過言ではない。
現像されたばかりのラッシュ・フィルムを見ながら、マイルスが即興で次々と演奏したというエピソードが定番のように伝えられているが、本当はレコーディングの前にラッシュ・フィルムを観たうえで構想を立て、テイクを重ねて録音したというのが真実らしい。
公開から60年経った現在、今観ても色褪せない魅力と色気を放つ『死刑台のエレベーター』は、ノエル・カレフのサスペンス小説が原作。物語は、土地開発会社で働くジュリアン(モーリス・ロネ)と不倫仲にある社長夫人カララ(ジャンヌ・モロー)が共謀して、邪魔者である社長を葬るところから始まる。
しかし殺害後、一つのミスがきっかけで、会社のエレベーターの中に一晩中閉じ込められるという予測していなかった出来事にジュリアンが巻き込まれる。約束の時間になっても待ち合わせ場所に現れない事態に不安や裏切りを感じるカララは、ジュリアンを探すために夜の街を彷徨い続ける。その頃、ジュリアンの車は若いカップルによって盗難され、宿泊先のモーテルでまた別の事件を引き起こしてしまう。二人の完全犯罪の計画が崩れていく……。
10年…20年…無意味な年月が続く。
私は眠り、一人で目を覚ます。
私は年老いていく……。
映画の色気。不安の中で愛する男を探して夜の街を彷徨うジャンヌ・モロー。そしてマイルスのトランペットが漂う。
予告編
マイルス・デイヴィスのレコーディング風景
『死刑台のエレベーター』
マイルス・デイヴィス『死刑台のエレベーター』
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*日本公開時チラシ
*参考/「ルイ・マル監督フェスティヴァル」、DVD『死刑台のエレベーター』ブックレット、「ジャズ・ムービー&ビデオ百科」(スイングジャーナル社)
*このコラムは2016年6月に公開されたものを更新しました。
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評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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