作家の村上春樹は著書『ポートレイト・イン・ジャズ』の中で、ジェリー・マリガンについてこんな風に綴っている。
たしかレコードジャケットの写真で最初に彼の姿を目にしたとき、なんだかひどく眩しく感じたことを憶えている。金髪をクールカットにした長身の青年──アイヴィースーツをばっちり着こなし、白いボタンダウンシャツに、黒の細身のニットタイという格好だった。
どことなく頑固そうな角張った顎と、若々しい淡いブルーの瞳。手にはピカピカと光る巨大なバリトンサックス。そこにあるすべてがスマートで、クリーンで、クールだった。
<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>
ジェリー・マリガンの人生は、決してスムーズなものではなかった。むしろ他のミュージシャンよりも険しく、困難だったと言えるだろう。
麻薬、生活苦、精神的挫折、そして刑務所に入った経験もある。しかし、彼はバリトンサックスという楽器をパートナーとして、自身の人生を見事に全うした。1996年1月20日、膝の外傷が元でコネチカット州ダリエンにて死去。68歳だった。
長年愛用した金色のバリトンサックスは、現在、アメリカ議会図書館に保管されているという。ジェリー亡き後、ジャズファンたちはこんな風に評価している。
「もしもマリガンがいなかったら、ジャズ界におけるバリトンサックスの位置づけは変わっていたかもしれない」
ジャズ界では数少ないバリトンサックス奏者であり、ピアニストしても活躍した男、ジェリー・マリガン。命日にあたる今日は、その軌跡と功績を振り返ってみたいと思います。
──1927年4月6日、ジェリー・マリガンはニューヨークのクイーンズ区で生まれた。エリー鉄道に勤務していた父の仕事の都合で、幼い頃にオハイオ州のマリオンという街に移り住んだ。
10代で作曲活動をスタートさせ、18歳で参加したエリオット・ローレンス楽団を皮切りに、ジーン・クルーパ楽団、クロード・ソーンヒル楽団などでバリトンサックスと作編曲で活躍するようになる。
ソーンヒル楽団で知り合ったギル・エバンス(ユダヤ系カナダ人のジャズピアニスト・編曲者)との縁から、マイルス・デイヴィスが1949年に発表した歴史的名盤『Birth Of The Cool(クールの誕生)』に参加。単なるプレイヤーにはとどまらず、ここでも作編曲の才能を見せて一躍その名を轟かせた。
1952年、25歳となるとカリフォルニア州に移り、トランペットのチェット・ベイカーらとピアノレス・カルテットを結成。
チェット・ベイカーとの活動はわずか1年間ほどだったが、リズムセクションに鍵盤楽器が必須とされていたジャズの世界に於いては画期的な出来事であり、この動きがアメリカ西海岸におけるウエストコーストジャズの顕在化につながっていくことになる。
そんな追い風の中で結成した自身のバンド“マリガン・カルテット”のデビューアルバム『Gerry Mulligan Quartet』は、当時のジャズシーンでも大きな注目を集めることとなった。
以降、彼はウエストコーストジャズの中心的人物として西海岸に拠点を置きつつ、多くの才能あるジャズメンと交流を深めていく。
1956年にはニューヨークに戻り、セロニアス・モンクなどと共演。1958年には映画『私は死にたくない』の劇中音楽を演奏し、自身が出演もしている。
1963年には代表作となったアルバム『Night Lights』を発表。それは、従来の黒人中心に構成されたジャズというイメージを一新した作品だった。ちなみにタイトル曲では、彼はサックスではなくピアノを演奏している(後年、CDのボーナストラックとして1965年にマリガンがクラリネットを演奏したテイクも収録されている)。
1980年代に入るとフュージョン色の強い路線に傾倒し始めるが、1992年に突如として自身が22歳の時に参加した名盤『Birth Of The Cool』を再演したアルバムや、『Re-Birth Of The Cool(クールの再誕生)』を発表しジャズファンを驚かせた。
彼が若き日を送ったのは、ジャズという音楽がその比類なき活力とオリジナリティーにも関わらず、アメリカの文化の“アンダーワールド”のようにぞんざいに扱われていた時代だった。僕らがジェリー・マリガンの音楽から一貫して感じ取ることができるのは、そのナイーヴで内相的な魂の息吹である。音楽に対する深い尊敬の念であり、キリっと背筋の伸びた潔さである。
<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>
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