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チェット・ベイカーを偲んで〜悲劇の終焉を迎えた色男が歩んだ音楽人生とは?〜

2017.05.13

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「チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない“青春”の匂いがする。ジャズシーンに名を残したミュージシャンは数多いけれど“青春”というものの息吹をこれほどまで鮮やかに感じさせる人が他にいつだろうか?」
(村上春樹 / 作家)

「彼の歌は無邪気な甘ったるさで女の子たちをなぎたおした。」
(レックス・リード / 評論家)

「歌い方を知らないのに、何かが心に響くヤツの歌って聞いたことあるかい?」
(オーネット・コールマン / サックス奏者)



1988年5月13日金曜日の午前3時。
チェット・ベイカーは、宿泊先のオランダ、アムステルダムのホテルの2階の窓から転落して謎の死を遂げた。享年58。
部屋にはヘロインが残されていたという。
甘いマスクと歌声、そしてクールなトランペットで人気を博し“クールジャズの象徴”と言われた彼は一体どんな人生を歩んだのだろうか?


1929年12月23日、彼はオクラホマ州のイェールという街で生まれる。
生後まもなくオクラホマシティに移り10歳まで過ごし、11歳になった年に一家でロサンゼルス郊外グレンディールに移住する。
父親はギターの弾きで、地方ラジオ局にヒルビリーの番組を持っていたという。
彼は12歳で教会の合唱隊に入り、13歳になると父からトロンボーンを買い与えられる。高校時代にトランペットに転向し、独学で奏法を身につける。
1946年、17歳になった彼は徴兵されてベルリン駐在部隊の軍楽隊に入隊。
この時にトランペット奏者ディジー・ガレスピーの演奏をレコードで聴き驚嘆する。
19歳で除隊した後、ロサンゼルスのエルカミーノ大学で音楽理論を習得する。
この頃からファッツ・ナバロ、マイルス・デイヴィスらビバップ・トランペッターを聴き漁るようになる。
その後、再度軍隊に入隊してサンフランシスコの軍楽隊でトランペットの演奏技術を習得し、除隊後にロスに戻りプロのミュージシャンとしてクラブに出演し始める。
そして1952年、23歳になった彼は、ビバップの創始者チャーリー・パーカーがロサンゼルスを訪れた際、幸運にもオーディションで共演者に選ばれる。
同年、バリトン・サックス奏者ジェリー・マリガンと共に、当時としては珍しい“ピアノレス・カルテット”を結成し、これが好評を呼ぶ。
翌1953年には、遂に自らのバンドを結成しジャズ専門誌『Down Beat』の国際批評家投票による新人賞に選ばれ、そして翌年の読者投票では1位に選出される。
世界初のニュース雑誌としても有名な『Time』にも取り上げられ、彼は二十代半ばにして一躍一流ジャズメンの仲間入りを果たす。
同時期、彼はその甘い歌声をフィーチャーしたアルバム『Chet Baker Sings』を発表し、人気と名声を決定的なものにする。
当時、多くのジャズメン達がそうだったように彼もまた麻薬常習の理由からアメリカ国内での演奏が難しくなり、やむなく活動の大半をヨーロッパで行うようになる。


すべてが順風満帆に思えた彼の音楽人生にも徐々に暗雲が立ちこめ始める。
28歳になった彼は、薬物中毒の治療のため療養所生活を余儀なくされる。
同年秋にはニューヨークに活動拠点を移すが、30歳の時に薬物事件で逮捕され、釈放後にイタリアに移り住むようになる。
翌年に再度薬物で逮捕され…35歳の時にアメリカへと戻る。
40歳を迎えた年に薬物絡みの事件で暴漢に襲われ、トランペッターにとっては致命傷とも言える歯を折られ演奏活動を中断…その後、生活保護を受けるようになる。
44歳になってようやく入れ歯を手に入れて楽器が吹けるようになり、ニューヨークのジャズクラブで16年ぶりに出演を果たす。
翌年には、カーネギーホールでマリガンとおよそ15年ぶりの再会セッションを果たし、1975年には11年ぶりにヨーロッパで演奏を行うなどジャズシーンへの復帰をファンに印象づける。
1970年代後半から80年代にかけてはヨーロッパのレーベルに多くの作品を残しながら、日本での人気も高まり1986年3月に初来日、翌1987年にも再来日公演を大成功に収めた。


そして翌1988年、西ドイツでの公演を終えた彼はオランダのホテルの窓から転落してこの世を去る。
窓は窓でもアムステルダムの“飾り窓”だったという説もある。
チェット・ベイカー。
ウエストコースト(西海岸)ジャズ全盛期において華々しく活躍したスター。
端正な顔立ちと甘い歌声で“ジャズ界きってのアイドル”と称されながらも、救いようのない麻薬中毒者だった男。
そんな彼の晩年を1987年から1988年にかけてモノクロの映像で撮影していた写真家がいた。
彼の名はブルース・ウェーバー。
そのドキュメンタリー映画『Let’s Get Lost』は、チェット・ベイカーの死後まもなく封切られ、アカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
そこには、長年の麻薬使用により実年齢よりもはるかに老けこみ、まるで歩く死体のような姿となった男の“最期の姿”が赤裸々に記録されていた。


──最後に、作家の村上春樹が綴った印象的な言葉をご紹介します。

「ベイカーはジェームス・ディーンに似ている。顔立ちも似ているが、その存在のカリスマ性や破滅性もよく似ていた。彼らは時代の一片を貪り食べ、得た滋養を世界に向かって気前良く、ほとんど一つ残らずばらまいた。しかしディーンと違って、ベイカーはその時代を生きのびた。ひどい言い方かもしれないが、それがチェット・ベイカーの悲劇でもあった。」


<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>

チェット・ベイカー『Lets Get Lost』(DVD)

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(2008 / Metrodome)

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