「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the STORY

ジョージ・ハリスンの27歳~ビートルズ解散によって大きく羽ばたいた“静かなるビートル”

「さあ、終わったぞ。僕はもうビートルじゃないんだ!」 ジョージ・ハリスンがそう口にしたのは1966年の8月、サンフランシスコでビートルズ最後のコンサートを終えた…

TAP the STORY

27歳のエルトン・ジョンと34歳のジョン・レノン、マジソン・スクエア・ガーデンでの共演

1974年の3月25日に27歳になったエルトン・ジョンは、その年11月28日に行なわれたマジソン・スクエア・ガーデンでのコンサートについて、こう振り返っている。…

月刊キヨシ

音楽の街、ルイジアナがあぶない! ハリケーンで街を追われる人々

その昔、ルイジアナはフランスだった。名前の由来は1682年、この土地を発見した探検家が、この土地をルイ14世に献上したことによる。となると、ニューオルリンズが「…

TAP the SONG

小林旭の「ダイナマイトが百五十屯」~詞・曲・歌唱が奇跡的に融合され爆発している”土着ロック”の最高傑作

1958年に「ダイナマイトが百五十屯」が発表されたとき、それが日本語のロック第1号楽曲として21世紀にまで受け継がれることなど、当事者の誰もが想像だにしなかった…

TAP the SONG

日本で最初にヒットしたロックンロール・ナンバー「ダイナマイトが百五十屯」の破壊力

日本で最初にヒットしたロックンロール・ナンバーと言われているのが、1958年11月に発売された「ダイナマイトが百五十屯」である。 歌ったのは、当時23歳の映画俳…

TAP the NEWS

谷川俊太郎とプロテストソング②〜中島みゆきにデビューのチャンスを辞退させた詩「私が歌う理由」

1960年代、アメリカでは若者たちの間でフォークソング・ムーブメントの風が吹き荒れていた。ベトナム戦争に対しての新しい反戦歌が次々に作られ、ジョーン・バエズ、バ…

TAP the LIVE

『ラスト・ワルツ』の本番中に突然、同じ曲を2回演奏したボブ・ディラン

ザ・バンドの伝説的なコンサート「ラスト・ワルツ」でトリを飾ったボブ・ディランについて、ロビー・ロバートソンはこう振り返っている。 大勢が僕たちと演奏しに来てくれ…

TAP the LIVE

ザ・バンドらしくない終わり方から始まったセッション、そして最後のステージ

ザ・バンドが、長きにわたるツアー生活に終止符を打つために開催した「ラスト・ワルツ」。それは、1976年11月25日にサンフランシスコのウインターランドで行った解…

TAP the SONG

バート・バカラック育ちの椎名林檎

80歳を迎えたバート・バカラックの来日公演は、2008年2月に東京国際フォーラムで行われた。 「2008年の来日公演を家族と観ました。後から親戚も観ていて泣いた…

Extra便

エレキギターと椎名林檎の「ギブス」、若者のロック離れとロックの初期衝動

音楽ファンに衝撃をもたらした「ギブソン経営破綻か」というニュースをめぐって、朝日新聞の「耕論」というページに3人の識者による見解が取り上げられたのは、2018年…

TAP the ERA 1989-2019

平成を象徴する音楽家・椎名林檎が登場して日本語の歌に革新をもたらした1998年から99年

昭和元年と昭和64年は、ともに7日間しかなかった。したがって昭和という時代は、昭和2年から昭和63年まで、西暦にすれば1927年から1988年までの約62年間で…

TAP the SONG

椎名林檎「丸の内サディスティック」~昭和の「東京行進曲」にもつながっている、どこか扇情的なご当地ソング

椎名林檎の担当ディレクターだった東芝EMIの篠木雅博は、デビューに向けて楽曲制作の準備に入っていた頃、現場での仕事を減らしてプロデューサー的な立場に移行しつつあ…

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