その昔、ルイジアナはフランスだった。名前の由来は1682年、この土地を発見した探検家が、この土地をルイ14世に献上したことによる。となると、ニューオルリンズが「ニュー・オルレアン」の英語読みであることもわかってくるはずだ。
原住民のインディアンや黒人が住みついていた土地に、フランス人、さらにはスペイン人の入植者が流れ込み、活気に富んだ混合文化が育った。さらに移民たちはみなカソリックだったから、プロテスタント一色の大陸にここだけ旧教のテリトリーが出現する。
それぞれの文化や音楽が混じり合い、そしてジャズのメッカとしても、ルイジアナは「音楽の街」と呼ばれ栄えた。
個性にあふれたこの街は、ウィリアム・フォークナー、マーク・トウェイン、テネシー・ウイリアムズなどのアメリカを代表する作家たちにもこよなく愛されてきた。
ここに住みついた人々は、音楽や生活を楽しむことにはたけていたが、暮らし向きは貧しかった。この街はいつも危険と背中合わせだった。
ミュージカル「ショー・ボート」の中で歌われている「オールマン・リバー」(父なる大河ミシシッピー)も、時として脅威のひとつとなった。
「オールマン・リバー」(映画「ショー・ボート」より)
ルイジアナは、1927年と2005年、少なくとも二度にわたって、記録的な大洪水にみまわれている。
1927年4月に起きた洪水は、「ミシシッピー大洪水」と名づけられ、ルイジアナを中心に7つの州に多大な被害を与えた。
この事件をモチーフとして作られた曲が、シンガー・ソング・ライターのランディ・ニューマンによる「ルイジアナ1927」である。
この曲の中でも、列車で視察にやって来た当時の大統領クーリッジが、「本当に残念だね、この貧乏白人『Poor Crackers』の土地に、川の水による自然災害とはね」ともらしたひと言が記録されている。
「ルイジアナ1927」
二度目の水害は、2005年8月に起きたもので、その被害は尋常なものではなかった。強大なハリケーンによって、ニューオルリンズの8割を水没させ、死者1577人を出した大災害は、ハリケーンの名をとって「ハリケーン・カトリーナ」と名づけられている。
この出来事が今にわかに脚光を浴びている(2014年現在)。それはいったいなぜなのか?
それはこの災害をめぐる調査の中で、住民たちが知らなかった事実が次々に明るみに出てきたからだ。
たとえば、「ハリケーン・カトリーナ」事件について、ニューオルリンズ選出の共和党下院議員、リチャード・ベイカーはロビイストたちに向かってこう言った。
「これでニューオルリンズの低所得層公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。我々の力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ」
さらに、不動産開発業者も、「今なら一から着手できる白紙状態にある。このようなまっさらな状態は、またとない経済チャンスをもたらしてくれる」と。
この問題に、猛烈にかみついた女性の名は、ナオミ・クライン。1970年生まれのカナダ人女性ジャーナリストである。
彼女は「ショック・ドクトリン」(「災害便乗型資本主義」)という本の中で、これらの発言は失言でも何もなく、現在世界的に蔓延している「グローバル経済学」と呼ばれる経済学の考え方そのものだと、「ウォール街占拠事件」(注)で痛烈に告発したのだ。
「ショック・ドクトリン」とは要約するなら、自然災害、戦争などが起き、それまでの社会が破壊された機会に、これまで手のつけられなかった社会的改革を一気に行ってしまおうという考えで、「新自由主義経済学」とも呼ばれている。(注―2008年9月、格差社会に反対して市民たちがウォール街で行ったデモのこと)
経済学とは、人々の生活を守るための法則を学ぶ学問と教えられてきたが、自然災害も戦争もチャンス。利潤のためなら、人々が歴史をかけて培ってきた文化を破壊することもいとわないとする経済学を、学問と呼ぶことができるのだろうか?
*このコラムは2014年12月に配信されました。
参考書籍/「ショック・ドクトリン上・下」ナオミ・クライン著 岩波書店
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