1974年の3月25日に27歳になったエルトン・ジョンは、その年11月28日に行なわれたマジソン・スクエア・ガーデンでのコンサートについて、こう振り返っている。
「誰もがそれを信じられなかったくらい、本当に感動的な夜だったよ」
アンコールに参加してくれたジョン・レノンが、一緒に3曲も演奏してくれたのだから無理もない。
その発端となったのは、1年と少し前に、ジョン・レノンとの間でちょっとした軽いやり取りがあったからだ。
アルバム『心の壁、愛の橋(Walls and Bridges)』を制作していたジョンを、エルトンがスタジオに訪ねたのは1973年9月のことだった。
エルトンはそのときに、レコーディング中だった「真夜中を突っ走れ(Whatever Gets You Thru the Night)」を聴いて、ピアノを加えたらどうかと提案した。
ジョンがそのアイデアを喜んで受け入れてくれたので、エルトンはピアノとオルガンを弾いただけでなく、ヴォーカルもデュエットすることになった。
出来上がりを聴いたエルトンはその場で、「シングルにしたら絶対1位になるよ」と進言した。だがそのとき、ジョンはまるで取り合わずにこういったという。
「100万年かかっても、この曲が1位になることはありえないね」
そこでエルトンは、ジョンに一つの提案をした。
「それじゃもし1位になったら、僕のライブに出演してよ」
ソロになって以来、ライブを避けてきたジョンだったのに、この時は意外にもあっさり「OK」と返答した。その時はシングルにするつもりがなかったし、その場のノリで軽く言っただけなのかもしれない。
やがて周りの声に説得されたジョンが、この曲をシングルでリリースすることになった。そして発売から1か月が過ぎた11月16日、ビルボードのチャートで「真夜中を突っ走れ」は1位を記録したのである。
ジョンに「約束、覚えてるかい?」という電話がかかってきた。もちろん、その声の主はエルトンだった。
11月28日、マジソン・スクエア・ガーデンで開かれていたライブの後半、エルトン・ジョンの紹介でジョン・レノンが登場した。会場からは割れんばかりの歓声が湧き上がり、しばらくは観客の興奮が収まらなかった。
飛び入りで参加したジョンはエルトンと2人で、まず「真夜中を突っ走れ」を披露した。続いてエルトンがカヴァーしていたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド(Lucy in the Sky with Diamonds)」と、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア(I Saw Her Standing There)」の3曲を演奏して、ステージをあとにした。
その夜、会場にはジョンと別居中だったオノ・ヨーコが観に来ていた。コンサート終了後の楽屋で再会した二人は、長かった「失われた週末」に終止符を打ち、夫婦としての関係を修復していくことになる。
しかし、まさかこれがジョン・レノンの生涯におけるラスト・ライブとなるとは、そのときは誰一人として思ってもみなかっただろう。
(本コラムは2014年6月14日に公開されました)

●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから

- TAPthePOPアンソロジー『音楽愛 ONGAKU LOVE』
TAP the POPが初書籍を出版しました!
「真の音楽」だけが持つ“繋がり”や“物語”とは?
この一冊があれば、きっと誰かに話したくなる
今までに配信された約4,000本のコラムから、140本を厳選したアンソロジー。462ページ。
「音楽のチカラで前進したい」「大切な人に共有したい」「あの頃の自分を取り戻したい」「音楽をもっと探究、学びたい」……音楽を愛する人のための心の一冊となるべく、この本を作りました。
▼Amazonで絶賛発売中!!
『音楽愛 ONGAKU LOVE』の詳細・購入はこちらから




