史上最大規模のロックフェス『US FESTIVAL』(アース・フェスティバル)
もし自分の好きな音楽のアーティストだけを集めて、大規模なライブやコンサートを開けたなら。会話レベルでも十分楽しそうな妄想だが、そんなことを私財を投げうってまで本当に実現してしまったら……それはとてつもなくクレイジーで、とんでもなく素敵なことだ。
そのクレイジーな男の名は、スティーヴ・ウォズニアック。
Mac/iPhone/iPod/iTunesなどで世界中の誰もが知っているアップル社設立メンバーの一人であり(社員番号は1番)、1977年のスタート当初から故スティーヴ・ジョブズの良き相棒として同社の知的良心を担ったエンジニア。技術力の高さと温厚でユーモア溢れる性格から、有名なお伽噺にちなんで「ウォズの魔法使い」と呼ばれる。
ことの発端は1981年。前年のアップル社の株式公開で1億ドル以上(当時のレートで約200億円以上)にも及ぶ莫大な資産を得ていた30歳のウォズニアックは、車の中でよく聴いていたラジオ局のカントリー音楽がきっかけで、大規模なコンサート開催を企てることを思いつく。
巨大なパーティにしたかった。みんなで楽しむために……名もない場所で最高のコンサートをやりたくなって。
しかし、エンターテインメントや興行のノウハウを持たないウォズは、「どうやって進めるか最低限のことさえまったく分からなかった」のでコネのある仲間に相談。ピート・エリスをはじめとした協力者の賛同を得ながら、何が何でも実現させるという情熱へと変わっていく。結婚したばかりの妻はこのアイデアを気に入ってくれたので、お金も儲かるからとつけ加えた。
準備金として200万ドルの小切手(運営会社を設立)を仲間に手渡した2週間後──。
ウォズは1969年に開催された伝説的なウッドストック・フェスティバルに関する本を開く。そこにはスタッフの確保、数十万人を収容する必要がある広大な場所探し、気まぐれなアーティストサイドとの交渉、面倒な広報の件。さらには想像以上の費用が掛かること、そして絶対的に儲からない件……のちにウォズ自身が直面することになる出来事が書きつらねてあった。
ページをめくるにつれ、自分が今どれだけ大変なことに手を出してしまったか、思わず息をのんで後悔したという。しかも助けを求めた当時の関係者からは、あんなことはもう二度とごめんだと断られる始末。一人で好きなようにできるコンピュータの設計世界との違いに葛藤もした。
あの本を先に読んでいたら、あんなことは絶対にやろうとは思わなかった(笑)……でも僕らは何とかやり遂げた。お金は僕が出した。僕は仲間を信じていた。やるって決めんたんだ。いったんやるって言ったら放り出しちゃいけない。逃げたりしない。
こうしたウォズの粘り強いエンジニアとしての美学に助けられながら、大物プロモーターのビル・グラハムも巻き込んで史上最大規模のロックフェスとなった『US FESTIVAL』(アース・フェスティバル)は、カリフォルニア州サンバーナーディーノの広大な面積を誇る郡立公園を会場にして開催された(1982年9月と1983年5月末〜6月初の2回)。
“To combine Music, Technology & People”がテーマだったこのフェスは、「私たち(US)は歌で結束しよう!」という想いから名付けられた。フェスの関係者曰く「営利目的のイベントって雰囲気は全然しなかった」
目障りなスポンサー広告を排除したクールな装飾(なぜならウォズ個人が唯一の資金源だったからだ)、最新のサウンドシステム、巨大なステージ設営やヴィジョン設置(現在のフェスの原型)。会場には湖もあり、キャンプもできる。飲食の売店やトイレの設備をはじめ、警備は3000人にも及び、暑さ対策までもスプリンクラーを何基も用意して拘った。コンピュータの部品を展示するテクノロジーフェアの一角は、ウォズのエンジニアとしてのプライドだったのかもしれない。
そして何よりも豪華な出演アーティストのラインナップは、地元の若者たちへのアンケートやヒアリングで決めたという(最下段に詳細リスト)。トリで登場したヴァン・ヘイレンのギャラは150万ドル(当時約3億6千万円)でギネス記録にもなった。ウォズは自らが史上最高額のギャラを払ってしまったことを、後になってから気付いたらしい。
さらにはMTVでフェスの模様を生番組として放映し(83年の模様は日本でも特番で放送されたほど話題になった)、衛星放送で当時最悪な冷戦関係にあったアメリカ合衆国とソビエト連邦が中継で結ばれるという画期的なことも成し遂げた。
結果的にウォズは、1982年には3日間で約50万人を動員しながらも1200万ドルを損失。翌83年は2000万ドル以上(当時約50億円)の費用を負担(現金を積んだトラックは会場近くの丘の上で武装警備員に見張られていたという話もある)。4日間のイベントで約67万人を動員し、20ドルのチケットが飛ぶように売れたにも関わらず、またしても1200万ドル(当時約29億円)を失った。しかし、そんなことは彼にはどうでも良かった。富に対して下品な執着はなかった。
大成功だった。お金は失ったけど、そんなことはたいした問題じゃない。大事なのは、たくさんの人があそこで楽しい時間を持てたことだよ。
ウォズはスクーターで会場を走りながら、人々が楽しむ様子を嬉しそうに眺めていた。82年には開催前日に妻が出産。初日は生まれたばかりの赤ん坊を抱いてステージに上がった。何十万もの人々が歓声を上げて祝ってくれた。あの瞬間を一生忘れないと、ウォズは振り返る。彼のもとには、『US FESTIVAL』が人生最高のコンサートだったと言う手紙やメールが今でも届く。
僕にとってもあれは人生最高の時だった。お金を儲けたり損したりする……それも大事なことだ。でも素晴らしいショーを生み出すっていうのは、最高に大事なことなんだ!
追伸
日本のIT長者もこれくらい洒落たことやってくれませんか。もちろん損失覚悟をお忘れなく。
★1ステージ150万ドル(当時約3.6億円)のギャラでギネス記録になったヴァン・ヘイレン*1:05あたりからその姿が登場。
★ミック・ジョーンズがこのステージを最後にクビになったザ・クラッシュ
★人気絶頂の頃に出演したストレイ・キャッツ
★艶やかなステージを披露した女王スティーヴィー・ニックス
★ランディ・ローズの事故死からまだ間もない頃、失意の中にいたオジー・オズボーン
★ボノが巨大なステージセットをよじ上るというパフォーマンスで話題になったU2
参考・引用文献『ウォズニアック自伝』
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〜第1回US FESTIVAL(1982)の出演アーティスト*出演順
●9月3日
Gang of Four
The Ramones
The English Beat
Oingo Boingo
The B-52’s
Talking Heads
The Police
●9月4日
The Joe Sharino Band
Dave Edmunds
Eddie Money
Santana
The Cars
The Kinks
Pat Benatar
Tom Petty & the Heartbreakers
●9月5日
Grateful Dead
Jerry Jeff Walker
Jimmy Buffett
Jackson Browne
Fleetwood Mac
〜第2回US FESTIVAL(1983)の出演アーティスト*出演順
第2回目の模様はダイジェスト版のDVDで堪能できる(一部のアーティストのみ)。当時、日本でも小林克也氏の『ベストヒットUSA』の特番枠で放送されて話題となった。
●New Wave Day(5月28日)
ブレイク前のINXS、人気絶頂のストレイ・キャッツやメン・アット・ワークが出演。そしてクラッシュはこのステージを最後にミック・ジョーンズがクビになるという、ある意味最後の夜だった。ロック界屈指の政治的なバンドでアメリカ嫌いだった彼らが、何十万人もの大観衆(アメリカ人!)の前で演奏するなんて一体どんな気持ちだったのだろう。
Divinyls
INXS
Wall of Voodoo
Oingo Boingo
The English Beat
A Flock of Seagulls
Stray Cats
Men at Work
The Clash
●Heavy Metal Day(5月29日)
今回のフェスのハイライト。クワイエット・ライオットはこのステージがきっかけで、この年大ブレイクして全米ナンバーワンに。モトリー・クルーは演奏の酷さが新聞記事に。帝王オジー・オズボーンの出番が早すぎるが、ランディ・ローズ亡き後の新メンバーお披露目の目的もあったのかもしれない。ジューダスやスコーピオンズの欧州勢のステージは圧巻。史上最高額のギャラとなったヴァン・ヘイレンは、興奮する大観衆と一体化していてもの凄い。
Quiet Riot
Motley Crue
Ozzy Osbourne
Judas Priest
Triumph
Scorpions
Van Halen
●Rock Day(5月30日)
U2がこのポジションというのも時代を感じさせる。彼らはこの年『WAR』で注目されていて、後の大ブレイクを予感させる。フリートウッド・マックとソロ活動の二足のわらじ状態だった歌姫スティーヴィー・ニックスのステージは艶やかで見応えあり。『Let’s Dance』で世界規模の成功の渦中にいたデヴィッド・ボウイは、前日のヴァン・ヘイレンのギャラを知ってか、出番前にギャラアップの要求をしたとう話も伝えられている(受け取った額は150万ドル)。
Los Lobos
Little Steven & The Disciples of Soul
Berlin
Quarterflash
U2
Missing Persons
The Pretenders
Joe Walsh
Stevie Nicks
David Bowie
●Country Day(6月4日)
カントリー好きのウォズが本来やりたかったステージ。アウトローカントリー系の出演陣が、コンピュータ業界の異端児だったウォズやジョブズが創業したアップル社とリンクする。
Thrasher Brothers
Ricky Skaggs
Hank Williams Jr.
Emmylou Harris & The Hot Band
Alabama
Waylon Jennings
Riders in the Sky
Willie Nelson
*当時の様子は、こちらのUS FESTIVALのfacebookページからも閲覧できます。
※当記事は2014年6月に公開されたものを更新しました。
【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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