ダニー・ハサウェイが突然命を絶ったのは、1979年1月13日だった。
ニューヨークのホテルからの転落死は自殺として語られているが、アトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーは真相はわからないと語っていたという。
晩年は心を病んでいたとも語られるダニー・ハサウェイが最後に残したアルバムが、1973年にアトランティック・レコードのアトコ・レーベルからリリースされた『Extension of a Man』だ。プロデューサーは、アリフ・マーディンとジェリー・ウェクスラー。
Extension of a man
『愛と自由を求めて』という日本盤のタイトルが付けられているが、直訳すると「ある男の世界の広がり」という意味が近いだろう。ダニー・ハサウェイが27歳の時にリリースされたアルバムだ。
ぼくはこのアルバムを『Extension of a Man ~ある男の世界の広がり』と呼ぶことに決めたんだ。なぜならぼくは、音楽スタイルを広げて発展させていく過程にあるからだ。
ぼくは音楽を愛している、ただそれだけだ。
したがって、一人の人間として可能な限り多くのスタイルでレコーディングしたいと思ったんだ。
以下は、このアルバムの概略(スケッチ)である。
このような自信と希望に満ちた前置きに続いて、アルバムのライナーノーツには、ダニー自身による懇切丁寧な解説がそれぞれの曲について記載されているのだ。
この時点で、これがラスト・アルバムになるなんて誰が思えただろうか?
ダニー・ハサウェイのアルバムでは『LIVE!』が、彼の歌の素晴らしさを一番表しているとされるが、『Extension of a Man』におけるその貪欲な挑戦の中にも彼の歌の可能性、まさに伸びていく過程が感じられるのだ。
ダニーの天にも届くような伸びやかなヴォーカルで歌われる「Someday We’ll All Be Free(いつか自由に)」は、ダニー自身によって書かれたポジティヴなメッセージ・ソングだ。
「信じていいんだよ、きっといつかぼくらみんな自由になれる日が来るから」
と歌う彼のヴォーカルには、輝かしい光がさすような希望に満ち溢れている。
Someday We’ll All Be Free
カヴァーにも定評のあるダニーの歌だが、「I Love You More Than You’ll Ever Know(溢れ出る愛を)」は、アル・クーパーによって書かれたブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの楽曲で、片思いの切なさをブルージーに歌い上げている。
ブルーズ色が強くても泥臭くならないのは、ダニーの声の持つ気品によるところだろう。ダニーの伸びやかなヴォーカルは、時に切なく震え、聴く者の心の奥にまで突き刺さるようだ。
I Love You More Than You’ll Ever Know
ダニー・ハサウェイの声には気品がある。
3歳ですでにゴスペル・シンガーとして教会でデビューを飾ってからは、ピアニストとしても腕を上げ、「音楽神童」の名を欲しいままにし、高校卒業と同時に芸術で奨学金を受けてハワード大学に入学した。
ワシントンDCにあるハワード大学は、アメリカで最も有名な黒人の名門大学のひとつで、数々のエグゼクティヴな人材を輩出している。しかしその頃のハワード大学ではまだ、ジャズの授業を受け入れてはいなかった。
ダニー・ハサウェイは、正式なクラッシックの音楽教育を大学で学びながら、夜は街に出てジャズ・トリオで演奏していたという。ジャズやクラッシックから学んだ洗練されたコードや表現が、彼の声にも表れているのかもしれない。
そして、とても心地よいグルーヴで聴かせてくれるのが「Love, Love, Love(愛のすべて)」だ。
これもモータウンの歌手J.R.ベイリーの歌のカヴァーだが、アレンジはスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイのスタイルを参考にしたと解説されている。
エレクトリック・ピアノの弾き語りで歌われる彼の心温まるヴォーカルは愛に溢れていて、とてもピースフルな気分にさせてくれる。
Love, Love, Love
ダニー・ハサウェイが心を病むに至った理由については、その時代における黒人の生きづらさや彼の心の繊細さなど様々な憶測が伝えられているが、突然の死の真相は今を持って闇の中だ。
これだけの希望と自信に満ちた彼の音楽を聴いて、これからまだまだどんな広がりを見せてくれたのだろうと思うと、33歳での早いピリオドはあまりにも惜しいと思わずにはいられない。
参考文献:レコード・コレクターズ増刊「ソウル・マスターズ」、アルバム『Extension of a Man』オリジナル・ライナーノーツより
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