TAP the BOOK

伝説のバーテンダー・デニー愛川は、品川ナンバーのハーレーでアメリカの荒野を駆け抜けた

2016.04.04

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1990年の夏、ロサンゼルス空港。そこには東京からやって来たばかりの二人の男たちの姿があった。一人は鍛え上げられた身体にドレッドヘアという出で立ちで、バイク以外の持ち物すべてを売り払って旅の資金を作った。もう一人の年上の男はシルバー色のロングヘアを後ろで結わえ、ネイティヴ・アメリカンのスー族から“イエロー・イーグル”の名を授かっている。男たちにとってアメリカの荒野は“約束の地”そのものだ。

二人は国際ナンバーを付けた品川ナンバーのハーレー・ダビッドソンとインディアンに跨った。目的地はサウスダコタ州スタージス。そこではバイク乗りたちの祭典「ブラックヒルズ・クラシックス50周年」が開催される。アイアンホースを操りながらアメリカの荒野を駆け抜ける、3ヶ月に渡るオン・ザ・ロードが始ろうとしていた……。

──東京・渋谷の桜丘という街の路地に「Bar the hand」というバーがある。カウンターの向こう側に立つのは、ちょっと只者ではないオーラを放つ物静かなバーテンダー・デニー愛川氏。東京を遊び尽くして東京のカルチャーを作ってきた大人の男たちは、彼のことを「伝説のバーテンダー」と敬意を表す。そして彼と話したくて毎晩のように酒を飲みに訪れる人々は、親しみを込めて「デニーさん」と呼ぶ。

1952年生まれのデニーさんは、20歳の時に大学を中退してアメリカ放浪の一人旅へ出た。特にニューヨークでの体験が人生を変えるきっかけとなり(このあたりのエピソードは森永博志著『ドロップアウトのえらいひと』に詳しい)、東京に戻って1976年の原宿でバーテンダーとして生まれ変わる。“東京独自のカルチャーを育む場所”としてのバーを『シネマクラブ』と名づけたのが伝説の始まりだった。それは当時の東京に蔓延っていた格式高い気取った店や資本投下された店とは一線を画す、ヒップな人々を惹きつけるためのバーの誕生でもあった。

バーとの出逢いは、広島に住んでいた小学生の頃。岩国の米軍基地に小遣い稼ぎに行った時、薄暗いバーの中で昼間から米兵たちが酒を傾ける姿を恐怖心と好奇心を抱きながら覗き見た。大人のヤバイ雰囲気にすっかり心を奪われてしまった。少年はその時の光景をずっと忘れなかったのだろう。

その後1980〜2000年代にかけて、『東風(トンフー)』、麻布『スターバンク』、芝浦『ゴールド』、青山『エルパソ』、外苑前『ハウル』などを舞台に、デニーさんは夜な夜な集う客たちが新しいアイデアやまだ見ぬ物語を興奮気味に話し合う姿をカウンター越しに見つめ続けてきた。数ヶ月先にはバーカウンターで描かれたいくつもの夢が、実際に形となって東京の空気を変えていった。いつの間にか「東京のバー文化はデニーさん以前・以後に分かれる」とまで言われるようになった。

俺は音楽も映画も実はあまり聴いたり観たりしない。ここ(バックバー)に毎晩立ってると、カウンターに座った人間の表情や会話がそれ以上に映画のようであり音楽でもあるからさ。そっちの方が面白いんだ」

彼が「伝説のバーテンダー」と呼ばれる理由はもう一つある。1979年のある夜、並べられたボトルの中に一本も日本の酒がないことに嘆き、ならば世界に誇れる日本のリキュールを作ってやろうと強く思った。孤独な試行錯誤を経た25年もの丁寧な歳月は、日本で初めての梅のリキュール「星子」となって完成する。人間的魅力と躍動が詰まった一級の酒。このリキュールには一切の嘘やごまかしがない。これは味わうというより、酒を通じた一つの体験だ。

そんなデニーさんが「品川ナンバーを付けた愛車のハーレーでアメリカの大地を走りたい」という想いで駆け抜けた、冒頭の1990年の旅路の写真集『Trippin’ / Danny Aikawa』が4月1日に発売れた。6000枚以上ものポジから選ばれたという、26カットで綴られた全44ページの物語。旅の相棒“イエロー・イーグル”とは高橋吾郎氏のこと。原宿のレザー&シルバークラフトの店「goro’s」のゴローさんとして有名な人だ。ゴローさんは2013年に亡くなった。写真集のクライマックスにこんなクレジットが記されているのを見つけた。

Dedicated to the memory of Goro Takahashi

この写真集をめくっていると、男たちは『イージー・ライダー』のキャプテン・アメリカとビリーのようにアイアンホースを走らせながら、時には『路上』のサル・パラダイスとディーン・モリアーティのように嘆き、時には『ブルース・ブラザース』のジェイクとエルウッドのように微笑み、時には『断絶』のドライバーとメカニックのように寡黙に、そして『デッドマン』のウィリアム・ブレイクとノーボディのように荒野の血と汗と涙を五感で受けとめたに違いない。ちなみに祭典ではウルフマン・ジャックがDJ、アニマルズがライヴをやったそうだ。

この物語にサウンドトラックをつけるとしたら……いや、やめておこう。どんな原風景に包まれながら、風の音や土地の臭い、手触りや味わい、人との出逢い、何を想ったのか。直接デニーさんに会いに行って、星子でも飲みながら話を聞かせてもらえばいいのだから。


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『Trippin'/Danny Aikawa』

『Trippin’/Danny Aikawa』


写真集や星子に関してはこちら
Bar The hand

参考/森永博志著『ドロップアウトのえらいひと』(デニー愛川氏や高橋吾郎氏の物語を収録)

書籍や雑誌のページから聴こえてくる音楽と描写『TAP the BOOK』のバックナンバーはこちらから

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