『ハーダー・ゼイ・カム』(The Harder They Come/1972)
カリブ海に浮かぶ小さな国ジャマイカで、1972年に初めての自国製作映画が劇場公開されようとしていた。
カリブシアターの前は上映数時間前から数千人もの人々で溢れ返り、座席を求めてパニック状態。ドアやフェンスは破壊され、劇場内では一つの席に3人が座っていたという。それから多くの観衆はスクリーンに熱い声援と限りのない共感を送りながら、“自分自身”を見つめることなった。
ジャマイカ3部作を構想していたんだ。第1作は都会を舞台に、第2作は田舎を。そして第3作は国を動かそうとする都会と田舎の人間の精神のぶつかり合いを描こうと思っていた。
『ハーダー・ゼイ・カム』(The Harder They Come/1972*日本公開は78年)を製作・監督したペリー・ヘンゼルは、ビジネス目的の白人としてではなく、自国の文化を愛する一人のジャマイカ人として、この作品の完成にすべてを捧げた。
度重なる資金不足問題で撮影休止が何度もあった。その度にカメラマンも変わった。警察の許可なく本物のガンジャ(マリファナ)を吸うシーンを撮影したこともあった。すぐそばには大きな警察署があった。
ペリーにとってのジャマイカはリゾート開発で作られた楽園地ではなく、成功や夢を胸に抱きながらも、不安定な政情や失業率の高さが原因でゲットーに生きざるを得ない若者たちの姿であり、貧しいことを決して恥じない人々の姿だった。そしてそこにはいつもレゲエが聴こえていた。
1950年代後半の首都キングストンでは、車にスピーカーやアンプやターンテーブル、アメリカのR&Bやジャンプのシングル盤を積んだ「サウンドシステム」「ダンスホール」と呼ばれる簡易ディスコが、広場や路上で頻繁に行われていた。
60年代に入ると、こうしたシステムのオーナーたちはオリジナルのレコード制作に乗り出す。英国領から1962年8月に独立する流れに合わせるかのように、ジャマイカ初のオリジナルビート、スカが誕生。スカタライツもウェイラーズもジミー・クリフもみんなこの頃に録音を経験した。
60年代中盤になると、R&Bがソウルとして生まれ変わるのと同じように、スカもロックステディというビートに移行していく。チンピラ稼業のルード・ボーイたちにとって、都会のレコード会社やプロデューサーに自分を売り込んでレコードを出してヒットを飛ばすことは、シャンティ・タウン(スラム街の総称)から抜け出す唯一の手段と言えた。
しかし、わずかなギャラで買い取り契約を強いられたので、どんなにレコードが売れても1セントたりとも印税は入らない。搾取システムという現実を味わう。ガンジャの密売でさえ警察も絡んでいるので、末端の自分たちには雀の涙のような金しか入らなかった。
1966年、エチオピア皇帝ハイレ・セラシェがジャマイカを訪れたことがきっかけで、アフリカ回帰を唱えるラスタファリアニズムに傾倒する若者たちが増加。体制への反逆精神もより高まっていく。
また、トランジスタラジオの普及によって、そこから流れる都会のニュースや音楽が田舎の若者たちの情報源になった。60年代後半にはロック・ステディに変わる新たな心臓の鼓動をとらえたレベル・ミュージック=レゲエも誕生する。
映画『ハーダー・ゼイ・カム』は、こうした時代の流れや権力の搾取、ゲットーの文化や生活をとらえた素晴らしい作品だった。
警官殺しで逃亡を図り、1948年に警官隊の銃弾によって蜂の巣にされたヒーロー的ギャング、ヴィンセント・マーティン(愛称ライジン)のエピソードを取り入れながら、田舎から都会へ成功を求めてやって来るどこにでもいそうな青年の、持つべき権利のために闘う姿を描いた。
主役には歌手のジミー・クリフを起用。ペリーはジミーのレコードジャケットを見ただけで即決したという。同じアングルなのに表はタフなギャング、裏は悲しそうな天使という二つの表情に魅せられた。そして『ライジン』という映画のタイトルは、ジミーが作った歌のタイトルに変更された。
「俺の歌にはすべて“もがき”が入ってるんだ」──そんなジミーの歌「The Harder They Come」「You Can Get It If You Really Want」「Many Rivers To Cross」などが収録されたサウンドトラック盤は、同時期に作られたボブ・マーリィの『Catch a Fire』と並んで、ジャマイカ音楽レゲエが世界に広まるきっかけとなった重要作だ。
歌手になるために田舎からキングストンへやって来たアイヴァン(ジミー・クリフ)は、牧師の元で暮らし始めるが、すぐに都会の現実に堕ちて揉め事を起こしてしまう。さらに自作の曲「The Harder They Come」を録音する機会に恵まれるものの、たったの20ドルで買い取られてしまう。レコード会社のオーナーはラジオ局やDJを牛耳っているので、自ら売り込んでも相手にもされない。
まともな仕事も見つからず、貧困に耐えられなくなったアイヴァンは、ゲットーの仲間から紹介されたガンジャ密売の裏稼業に手を染めていく。だが、ここでも警察や元締めの搾取に巻き込まれる。反逆したアイヴァンはすぐに追われる身となり、身の危険を感じて警官を殺してしまう。
逃亡生活と同じくして、皮肉にもレコードもヒットし始める。アイヴァンは貧しい人々のヒーローになったのだ。そして「やるならやってみろ! お前らこそやられるぜ!」と二丁拳銃で立ち向かうアイヴァンの前には、何十人もの警官の銃弾が待っていた……。
自分の足で世界中にこの映画を配給し続けたペリー・ヘンゼルは、続編の『ハーダー・ゼイ・カム2』の製作を構想しながら2006年に亡くなった。享年70。
天国は楽園だなんて奴らは言うけど
それは死んだ後の話だろ
この世に生まれて死ぬまでは
俺の頼みを聞いてもくれない
太陽が輝き続ける限り
俺の分け前はしっかりもらうぜ
俺に手を出す奴は後悔するぜ
──The Harder They Come
迷ってしまったのか
ドーバー海峡に臨む岩壁に
俺はたたずむばかり
この河を前にして
自分の意志だけが
それだけが支えだ
──Many Rivers To Cross
胸が熱くなるレコーディングのシーン
映画の予告編
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『ハーダー・ゼイ・カム』DVD特典映像
*このコラムは2015年8月に公開されたものを更新しました。
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評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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