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ロニー・ドネガンを偲んで〜“キング・オブ・スキッフル”と呼ばれた男の偉大な足跡と功績

2019.11.03

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2002年11月3日、 “キング・オブ・スキッフル”ことロニー・ドネガン(享年71)がイングランドの東部地方にある主教座聖堂都市ピーターバラにて死去した。
死因は心不全とされている。
若かりし頃のジョン・レノンやポール・マッカートニー、そしてキース・リチャーズなど、彼が立役者となって広めたスキッフルに刺激を受けてバンドを組んだという。


まずこのスキッフルとは一体どんな音楽なのだろう?
これには諸説あるのだが…音楽のジャンルというよりバンド構成を表す用語なのだ。
元々は20世紀前半のアメリカで生まれたものらしいが、1950年代にイギリスで流行したことによって一つのスタイルとして確立される。
それはアメリカの古き良き時代の音楽、ジャズ、ブルース、フォーク、R&B、カントリーミュージックを現代(1950年代当時)に甦らせるきっかけとなり、多くのイギリスのロックミュージシャンたちに影響をあたえたと言われている。
そしてこのスキッフルバンドのルーツをさかのぼれば“Jug(ジャグ)”という古い音楽に辿り着く。
では“Jug(ジャグ)”とは一体何を表す言葉なのだろう?
ジャグとはもともと取っ手付きの瓶(水差し)のことで、これを吹いてベースやチューバの代用品にしていたころから、その楽器を使用するバンドが“ジャグバンド”と呼ばれるようになったという。
その空き瓶楽器に加えて、洗濯板を使ったパーカション、洗濯桶を使ったベース、そしてカズーやバンジョー、フィドルなどの弦楽器でバンドが編成されていた。
それは開拓時代のアメリカで、身近にある生活用品を使うことから生まれたアメリカンミュージックの原点だったとも言われている。


1931年4月29日、彼はスコットランドのグラスゴーで生まれる。
父親はスコットランド出身のプロのヴァイオリニストで、母親はアイルランド出身の人だった。
彼がまだ2歳の時に一家はロンドン東部のイーストハムに移り住む。
アメリカのジャズメンやブルースマン、そしてカントリーミュージックに憧れを抱きながらロンドン郊外で育った彼は、10代の後半からクリス・バーバー(英国ジャズシーンをリードしていた人物)のバンドに加わり、21歳で自らのジャズバンドTony Donegan Jazzbandを結成。
並行して英国ジャズ界の重鎮ケン・コリヤー楽団などと活動を共にしながらソロ名義でのデビューのチャンスを手にする。
1955年11月(当時24歳)、彼は古いアメリカンフォークのカヴァー曲「Rock Island Line」でデビューを果たし、スキッフルブームに火を付ける。
同シングルは翌1956年に英国チャート8位を記録し、わずか半年で約300万枚を売り上げたという。


その年の11月11日(日曜)、14歳だったポール・マッカートニーはリヴァプールのエンパイア劇場でロニー・ドネガンの公演を初体験する。
このコンサートこそがポールをミュージシャンの道へと進ませるきっかけとなったという。この日の影響で、ポールは4ヶ月前の14歳の誕生日に買ってもらったトランペットをギターに交換している。
  

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