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大瀧詠一は設計士で僕は左官屋、細野晴臣が『ナイアガラ・ムーン』を聞きながら自作を語った日

2023.12.18

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大瀧詠一がエレックレコードとの契約で、プライベートレーベル「ナイアガラ」を設立したのは1974年9月だ。
自分のレーベルを持って作詞・作曲・編曲・プロデュース・エンジニアを務めて、原盤制作から原盤管理までを行うことは、音楽の道を志した頃から抱いていた夢だった。

そして1975年5月25日、はっぴいえんど解散後の初ソロ・アルバム『NIAGARA MOON(ナイアガラ・ムーン)』を、ついに自分のレーベルから発売したのである。
広告のキャッチコピーは、こうだった。

ナイアガラレーベル期待の第二弾!!
はっぴいえんどからナイアガラへ
そして、今甦るポップスの数々


それから1か月後の6月25日、細野晴臣の2枚目のソロ・アルバム『TROPICAL DANDY(トロピカル・ダンディー)』が、クラウン・レコードから発売になった。

梅雨に入ってまもない雨の降る日。六本木に近い木造平屋の事務所で、細野は出来上がってきた発売前のアルバムから、そっとレコードを取り出してA面をターンテーブルに載せた。

開設してまだまもない畳敷きの事務所は、ガスも通っていない状態だった。
畳の上であぐらを組み、缶入りのコーラを飲んでタバコを蒸し、レコードを聴きながら音楽業界誌『週刊ミュージック・ラボ』のインタビューが始まった。

自分の歌を歌いたかった。
11月にレコーディングを始めた時は、まだプレーヤー志向だった。
急遽、方針を変えたのは、今年の1月になって、もう半ば過ぎてから。
モヤモヤしていた。
いろんな問題があって、1人で自分のことだけにかかずらってるわけにはいかない状態だった。ティン・パン・アレーの事とか。
社長だったから音楽以外のところでも突っつかれる。
福生の住人のようには自由にはできないよ。


かかっていた『トロピカル・ダンディー』のA面が終わると、細野はB面にいかず、福生の住人が作ったアルバムを取り出した。そして『ナイアガラ・ムーン』のA面をターンテーブルに載せて、慎重にピックアップの針をおろした。
それを聴きながら自分のアルバムのA面について、一曲目から順に話し始めた。

昔のものをモロにやりたいが、でもそれだけじゃ満足できない。
ハリウッドっていうのは、ロマンティックな感じがするね。


A面が終わると細野は盤面をひっくり返して、こんどはB面をかける。
そのアルバムでは細野がベースを弾いていた。

それにしても大瀧詠一は、大いに気になる存在らしい。

考え方に共通のところがある。
違うのは音楽以外の広がりの、あるなしだと思う。
向こうは設計士、かっきり設計してから埋めていく。
僕は左官屋だから、はじっこから作っていく。


大瀧詠一が設計士で、細野晴臣が左官屋とは、なんとも言い得て妙だ。

細野が一年以上も滅入っている時に、大瀧は福生のスタジオにこもって、着々と自分のやりたい音楽をやっていた。
『ナイアガラ・ムーン』というアルバムは、その成果がいっぱい詰まった作品になった。



細野は自作『トロピカル・ダンディー』を「ソイ・ソース(=醤油)ミュージック」と名付けていた。

そのことについては、ニューヨークのラテン音楽がサルサ(ソースの意)と呼ばれているのをヒントにしたけれど、ソイ・ミュージックという名前はカニの甲羅のように固い、揺るがない信念だと言った。

B面が終わると同時にインタビューも終わった。すると細野はまた、A面のアタマから『ナイヤガラ・ムーン』をかけ直した。
『ナイヤガラ・ムーン』のライナーノーツには、大瀧が細野たちミュージシャンへの感謝の言葉を記していた。

「ノヴェルティー・タイプに取って一番重要なのはサウンドです。メロディーの起伏で聞かせるのではなく、言葉の音韻とリズムだけですから、サウンドに色がないと、その言葉や意図だけが浮いてしまいます。言葉とサウンドが綿密に絡んでこそ成立するタイプの楽曲です。この『ナイアガラ・ムーン』が成功した理由はひとえにバック・ミュージシャンの力によるところが大きいのです」


それを大瀧が本人に語ったのは1999年、細野がJ-WAVEでパーソナリティを務めていた番組『Daisyworld』にゲスト出演した際のトークだった。
大瀧は「自分で作った意識がない」と細野に語り、ついには「『ナイアガラ・ムーン』を作ったのは細野晴臣さんなんです」とまで口にしたのである。




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