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Extra便

【スペシャルインタビュー】仲井戸“CHABO”麗市〜RCサクセションはなぜ「上を向いて歩こう」を「日本の有名なロックンロール」と呼んだのか?

2013.12.04

仲井戸“CHABO”麗市──日本を代表するギタリスト・ボーカリスト。

多くのファンやアーティストをはじめ、心ある音楽関係者からも長きに渡って愛され続ける男。
古井戸、RCサクセションを経て、現在はソロ活動に加え、麗蘭やスペシャルユニットによる
フェスやイベント等への出演で自らの音楽を貫き続けている。
そして、RCサクセション(忌野清志郎)はなぜ「上を向いて歩こう」を、
「日本の有名なロックンロール」と呼んだのか?
そこには何か特別なエピソードがあるのだろうか?
“CHABO”にしか語れないことが知りたくて、彼のもとを訪れた。


取材・文/佐々木モトアキ(TAP the POP)
協力/佐藤剛(TAP the POP)
写真/三浦麻旅子、おおくぼひさこ

──最初に「上を向いて歩こう」を聴いたのは、まだ子供の頃だった。
鼻歌で馴れ親しみながら、理由は分からないけど「なんかいい歌だな」と思った。


テレビで放送されていた『夢であいましょう』だったかな。
何かお兄ちゃんがニコニコして不思議な声で……
声のトーンや特徴的なビブラートとか、理屈じゃない感覚的な部分で覚えてる。どこか悲しいって。
何だか寂しさがあるようなことは、子供心にタッチとして感じてたんじゃないかな。
「上を向いて歩こう」っていう言葉の中に、質感を感じていたんだと思う。
今思えば、坂本九さんは当時の日本でロカビリー歌手と呼ばれた人たちが、テレビに出て歌うようになるきっかけをつくった革新的な人だったんだよ……
ビートルズが出る前の話かあ。

──その頃、まだギターにも触ったことがなかった少年には、エルヴィス・プレスリーの活躍や1950年代のロックンロールは届いていたのだろうか?

これも今思えばなんだけど、俺んちって印刷屋だったから、いつも職員さんが何人かいて、昼休みに将棋してる人とかいて、そのなかの“クボさん”っていうお兄さんがギター持って「ダイアナ~」って歌ってたり、プレスリーを歌ってたりしてたんだよなあ。
不思議なアメリカの歌を口ずさんでるお兄さんって感じで。だから“体験”はしてるんだよね。

──それから時が経ち、1970年代の終わり。
フォークグループからロックバンドへと変貌を遂げようとしていたRCサクセションに、彼はギタリストとして参加する。そして、忌野清志郎と仲井戸“CHABO”麗市のコンビは、日本を代表するロックアイコンとなった。


その頃から彼らのライブステージではいつも最高潮に盛り上がったところで、「日本の有名なロックンロール!」と、清志郎が声高々に紹介するようになる曲があった。坂本九の亡き後、この日本のR&Rバンドこそが、「上を向いて歩こう」を知らない若い世代に、その魅力を広めてきた。

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あの頃はメンバーもまだ探しつつ、自分たちの新しいステージングを考えながら……清志郎くんもギターを持たなくなって。
パンクみたいな時代の波もあり、俺たちも長髪だったのを髪切ってとかいろんな模索しているなかで、渋谷の屋根裏っていうライブハウスがあって、そこで新しいRCが形作られていくんだけど、その当時増やしたライブレパートリーの一つが「上を向いて歩こう」だったと思う。
ある日、清志郎くんが「こんなの演ろうよ!」って始まったと思う。

当時、曲によっては「それ演んの!?」とか違和感があったんだけど、「上を向いて歩こう」に関してはそれはなかったなあ。
有名な曲として染みついてるし、メンバーも入り込みやすいっていうのがあったしね。
でも坂本九さんのアレンジそのままでは演れないってことで、「ロックンロールにしよう!」ってのは、明確にあったと思う。
それで実際にアレンジして、ステージで演りだしたっていうのが始まりだった。

──当時の日本の音楽シーンで、日本の曲をカバーするという発想は、かなり変わった行為で珍しいことだった。

日本の曲をチョイスするにも、何でもよかったわけじゃなかった。
「上を向いて歩こう」だったポイントは、きっと歌詞だったと思う。
清志郎くんがチョイスした理由の一つは、素晴らしいメロディの魅力もあったんだろうけど、やっぱりポジティブな歌詞やメッセージっていうのが大きかったはず。
清志郎くんのそばにいた人間、彼を近くで見て彼の質感を知ってる俺が思うに、彼は「上を向いて歩こう」という言葉に、まずは引っかかったんじゃないかな。

──RCサクセションはライブステージで、なぜ「上を向いて歩こう」を「日本の有名なロックンロール!」と呼んだのか?

これはもう本人の言葉が聞けないから真実はわかんないんだけど……
清志郎くんはあの曲を演る前に、MCというか曲紹介として何かフレーズをつけたかったんだと思う。
それがあの「日本の有名なロックンロール!」だったんだよね。
何でそういうフレーズになったか? を想像すると、一つはあの曲への敬意があったはず。

「お前ら、この曲を知ってるか!?『上を向いて歩こう』を演るぜ!」
「坂本九さんの素晴らしいバージョンもあるけど、俺はロックンロールだと思うんだ!」
「俺はそう感じたんだお前ら! 有名なロックンロールなんだぜ!」

という、清志郎くんの想いとかメッセージが込められてたんじゃないかな。
RC流アレンジで「ロックンロールとして演る!」という宣言もあったのかもしれないけど、それ以上に「この曲はもともとロックンロールなんだぜ」ということを伝えたかったんだと思うよ。

「俺はそれに気がついてるんだぜ! お前らにわかるかい!?」
「俺はあの曲の偉大さに気がついている一人なんだぜ!」

ってね。彼なりのある種の提示だったのかもしれないね。
清志郎くんなら、きっとそうだったんじゃないかなってね。
こうして今想像していることが近い答えかもしれないんだけど、もし彼に直接訊いたりしたら、「いや、そうじゃなくって単純に俺のオヤジがあの曲を好きでよく歌ってたんだよ」って答え方をする場合があるわけ(笑)。
それがまた清志郎くんの魅力なんだけどね。
俺が今、けっこう分析っぽく話してたりするんだけど、清志郎くんはそれに対して、「違うよ、隣の○○ちゃんがよく歌ってたからだよ!」とかね(笑)。
案外そんな答えなのかもしれないよね。

──「日本の有名なロックンロール!」への、当時のオーディエンスの反応は?

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いやあ! もう、こうだよね!(拳を突き上げる)
やっぱり、まずビートで乗れちゃうっていうのもあったんだろうけど、あの「上を向いて歩こう」をこんな感じで演ってんだ! って驚きもあっただろうし。
RCって面白い解釈をするなあ! っていう人もいただろうしね。
ただ、間違いなく重要なレパートリーとなっていった曲だよね。
とにかくライブのケツのほうで「雨あがりの夜空に」の前に「上を向いて歩こう」を演るって流れになれば、必ず盛り上がるステージがつくれたことは事実だし、そういう重要な曲だった。

──これこそが、その後の音楽イベントやロックフェスのアンコールセッションで、出演者とオーディエンスが一体となって歌って盛り上がる“定番”の光景を生んでいく。
RCがいたからこそ、「上を向いて歩こう」は“日本の有名なロックンロール”となった。


そして、特別な意味を持つことになる二人のエピソードも生まれた。
RCの活動休止後しばらく経った1994年、TV番組の収録で久しぶりに清志郎と再会を果たし、北海道・美瑛町の草原に行き、細かなリハーサルもなく“二人きり”で「上を向いて歩こう」を歌い演奏した。

以前と違って、清志郎くんとは日常で会うような関係から少し変わってきてた時期だった。
でもあいつに子供が生まれたりして、俺にとってもその子供がかわいいもんだから、ときどきは会ったりして個人的な付き合いはあったんだけど。
いわゆる仕事としての付き合いからは少し遠ざかってたところに、あの仕事の話が来て。
しかもあんな感じのシチュエーションで。
お互い少し照れながらも、「お前元気かよ?」みたいなね。
二人で「久しぶりだし、何演れるの? しかも草原でさ?」って感じで打ち合わせながら。
「上を向いて歩こう」にしたのは、歌そのものがいい楽曲があればできるよ! ということだったと思う。

「逆にこれを二人で演っちゃう!?」
「二人で演れるかな?」
「いや! あえて演ろう!」

とか言い合ってね(笑)。
昔若い頃にあいつの家で演ってたみたいに、遊び感覚で合わせてたんじゃないかな。

そういう時間も含めて久しぶりの再会だったから、お互いに新鮮だったし、気分が盛り上がってたよね。
RCも少し難しくなって止まったから……「再会できるんだ」っていう嬉しさがお互いにあったんだよね。
あの大自然の雰囲気とか、フィーリングとかも凄く合って。
自分たちの中でも何か“特別な感じ”があったと思う。
(おわり)

*このインタビューは「上を向いて歩こう」誕生50周年を記念した2011年5月21日に行われました。

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『GLAD ALL OVER』
’94年8月、日比谷野外音楽堂。
忌野清志郎&仲井戸”CHABO”麗市が4年ぶりにステージに並び立ったライブを収録。
特典映像としてテレビ特番で放映された2人の共演番組『EVERYDAY WE HAVE THE BLUES -生きる-』より「宝くじは買わない」「上を向いて歩こう」の2曲を収録。
sukiyaki_sm_003 仲井戸麗市(なかいどれいち)

1950年、東京都出身。日本のギタリスト・ボーカリスト。チャボ(CHABO)の愛称で知られる。
10代前半でビートルズとエレキギターに出会う。ブルースやソウルの偉大なミュージシャンたちに深く傾倒し、その影響は仲井戸自身のギター演奏やボーカルスタイルからもうかがい知ることができる。1970年、古井戸でデビュー。1979年、忌野清志郎が率いるRCサクセションに加入。
1990年、RCサクセション無期限活動休止を機に本格的なソロ活動を展開。1991年に土屋公平とのユニット、麗蘭(れいらん)を始動。2010年、デビュー40周年記念&還暦を迎える。2011年、3G(吉田建、仲井戸麗市、村上秀一)名義でのバンド活動を始動。また、ポエトリーリーディングや執筆など幅広い表現活動も行っており、執筆書『だんだんわかった』『一枚のレコードから』『ロックの感受性』『MY R&R 仲井戸麗市全詞集 1971-2010』、絵本『猫の時間』(写真家おおくぼひさことの共作)を発表。
仲井戸麗市 – UP&Down.com

写真/おおくぼひさこ
仲井戸麗市『I STAND ALONE』
RCサクセションの名曲たちと共に、盟友・清志郎に捧げたオリジナル曲を仲井戸麗市が“一人きり”で歌った壮絶ライブを完全収録! 世界中でCHABOだけが知る清志郎との特別なエピソードの紹介を織り交ぜたステージは圧巻のひと言。鎮魂と追悼のための永遠のブルースがここに!「上を向いて歩こう」も収録。CD、DVDの2種類。

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