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ミュージックソムリエ

音楽で加速する物語『ベイビー・ドライバー』

2017.10.23

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2017年の映画作品において『LA LA LAND』や『SING』など、音楽が物語の中心となった作品が世界中で大ヒットを記録した。
これらの映画において音楽はただの添え物でなく、ストーリーの重要な部分を担っているのだ。 歌によって空気感を表現し、音楽がキーになって物語が進んでいく。大音量で音楽が味わえる映画館という空間で見るからこそ、生まれる独特の高揚感は何者にも代え難い。

それらの作品と同じ2017年に公開された「ベイビー・ドライバー」は、そのような「音楽映画」の集大成のような作品である。

舞台はアメリカのアトランタ。主人公のベイビーは犯罪王のドクの車を盗んでしまったことをきっかけに、犯罪者たちの逃走車を運転する「逃し屋」として生きていた。
彼は幼いころ交通事故にあったことをきっかけに重度の耳鳴りに悩まされていた。しかし、音楽を聴くと天才的なドライビングテクニックを発揮し、様々な追っ手を逃れてきた。

ある日、ダイナーで出会った恋人デボラに出会ったことによって仕事から足を洗うことを決意した。そして最後の仕事「郵便局襲撃」が彼の運命を大きく狂わせる——

この物語の主人公、ベイビーは文字通り「音楽がないと生きていけない」人物だ。耳鳴りの苦しみから解放されるために、好きな音楽をいつも聴いている。そのため劇中には60年代から90年代にかけての名曲がふんだんに使われている。

冒頭のカーチェイスのシーンではガレージロックバンド、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「Bellbottoms」が流れる。荒々しいビートとシャウトが、カーチェイスシーンの緊迫感と高揚感をより大きなものにするだけでなく、大胆に展開する曲と映像とが見事にシンクロしており、さながらPVを見せられているかのようである。
かと思えば、アトランタの街を軽やかに歩くシーンでは「Harlem Shuffle」のポップなメロディとビートが響く。
この映画の特徴は音楽がただのBGMでなく、作品にとって重要なものとして扱われているという点だ。ベイビーの亡き家族との思い出としてiPod classicやカセットテープが登場する。また、デボラとの出会いは彼女が口ずさんだ「B-A-B-Y」という歌によって生まれる。
まさに物語自体が音楽によって加速していくのである。

この作品を監督したエドガー・ライトの頭のなかには20年前から、この物語の構想があったという。
ライトは2004年にゾンビ映画『ショーン・オブ・ザ・デット』で脚光を浴びた気鋭の映画監督である。彼は映画だけでなく音楽をこよなく愛し、作品にも大きな影響を与えている。

それが表れているのが『ショーン・オブ・ザ・デット』のクライマックスのシーンである。ゾンビと人間の戦っているときに、クイーンの名曲が印象的に使われている。

『ショーン・オブ・ザ・デッド』には、ジュークボックスでクイーンの「Don’t Stop Me Now」がかかっているなかでゾンビと闘うシーンがあるんだけど、『ベイビー・ドライバー』を説明するときに、ぼくは「映画全編を通して、あのシーンが続いている感じ」って説明していたんだ。
(WIRED .webインタビューより)


ライトはこの作品の手応えをきっかけに、20年にわたる構想を実行に移し始めた。音楽が鳴り続けている、全編クライマックスのような映画を作ろうと試みたのだ。

タイトルもサイモン&ガーファンクルの楽曲「ベイビー・ドライバー」にちなんでつけられた。
これは「強盗団で一番若い主人公を『ベイビー』という名にしたら面白いんじゃないか」というアイデアから生まれた引用であり、楽曲自体もエドガー自身が幼い頃から慣れ親しんでいた思い出深い音楽でもあった。

こうして完成した「ベイビー・ドライバー」には30曲ものロックやポップスが使用されている。テンポ感よく進む物語に音楽が加わることによって、どのシーンも印象的で、さらにスピード感あふれる映画になっている。
映画を見終えた後、使用された楽曲を聴くとそのシーンがありありと浮かんでくる。

「ベイビー・ドライバー」は音楽によって物語を盛り立てるだけでなく、過去の名曲たちに新たな息吹を吹き込んだ映画でもあるのだ。

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