ミュージックソムリエ

逆風の中でも正直な言葉を紡ぎ続けるケンドリック・ラマー

2018.04.30

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 かつてベトナム戦争の反戦運動からフラワームーブメントが生まれたように、音楽と社会運動が同調するとき、大きなムーブメントが生まれる。
 ケンドリック・ラマーの音楽も、アメリカの人種差別撤廃運動において、人々の希望となった。

 2014年、アメリカで無抵抗な黒人が白人の警官に不当な抑圧や逮捕を受けるという事件が相次いで起こっていた。
 そしてそのような抑圧に対する抗議運動「Black Lives Matter」が全米で加熱し始める。

 ケンドリックは自身の音楽で抑圧に苦しむ人々の声を代弁し、不当な差別をなくそうとする人々を勇気付けていた。
 特にヒットシングル「Alright」は抗議活動の中で、繰り返し歌われるようになっていた。

俺たちは警察なんて大嫌いだ
ストリートで俺たちを殺そうとしている
俺は神父の扉の前にいる
膝が弱って 銃をぶっ放しちまうかも
でも 俺たちは大丈夫だ
(『Alright』訳詞)


 差別や抑圧に対して怒りを感じながらも「俺たちはきっと大丈夫だ」と言い切る力強いメッセージは、多くの人々を勇気付けていた。



 そんな最中の2015年、アフリカ系アメリカ人に送られる文化賞「BETアワード」の授賞式で、彼は落書きで汚されたパトカーを模したセットの上に立ち「Alright」を歌うという演出をする。
 それは、抑圧に対する彼の怒りや、自由で平等な社会への望みを示すパフォーマンスであった。



 圧巻のステージに多くの称賛が寄せられる中、一部メディアでは「過激すぎる演出」として批判を受けた。
 さらには「Alright」の歌詞が過剰な警察批判だとして、いわれのないバッシングにも晒されるようになってしまった。


 そのような一連の批判は、ケンドリックがスターになり注目を浴びたが故の困難だった。彼はパフォーマンスや楽曲が批判されている戸惑いを、このように語っていた。

「(『Alright』は)希望についての歌なのに、何故、憎悪の歌として解釈してしまうんだ?」

 ケンドリックは自分のメッセージが曲解して受け取られてしまうことや、未だに抑圧を受ける黒人たちがいることに悩み続けることになる。

 一方で、彼の行動に共鳴したアーティストは多くいた。ビヨンセやJAY-Zをはじめとしたトップアーティストや有名人たちが、積極的にメッセージを発信するようになったのだ。


 ケンドリックは音楽業界だけでなく、社会の潮流までも大きく変えつつあった。そして彼は、満を持して2017年に『DAMN.』というアルバムをリリースする。
 「ちくしょう」という意味のスラングをタイトルに据えたこの作品は、彼自身の成功による自信を雄弁に語った楽曲がある一方、アルバム全体では欲望に任せて争い、いがみ合う人間の性を目の当たりにして悩むケンドリックの姿が描かれている。

 ストーリーテラーとしてアルバムを通して物語を作ってきた彼が、自らの感情を今まで以上に素直に楽曲に反映させた作品になった。



 そんな素直なアルバムは世界の人々の心を動かし、2017年のBillboard年間アルバムチャート1位を記録した。

 翌年、グラミー賞の受賞式でケンドリックはオープニングパフォーマンスを務めた。
 彼は兵士の服装のダンサーたちを連れて、ステージに上がり多くの聴衆を驚かせる。

 ケンドリックが歌い始めると、スクリーンには言葉が映し出された。

「This is a Satire by Kendrick Lamar.」
(これはケンドリック・ラマーによる風刺だ。)


 ケンドリックはこのステージで、人間の中の善悪の葛藤を表現する楽曲たちを矢継ぎ早に披露していく。
 最後には彼がラップするのに合わせ、銃声とともに兵士たちが倒れるという衝撃的な演出が用意されていた。

 そこには無くならない差別や争いに対するケンドリックの悲しみや怒り、そして国や人種が違っても人間は分かり合えるのでは無いかという、彼自身の祈りが込められていた。
 音楽を通して、社会に対する明確なメッセージを再び送ろうとしたのだ。

 ステージの途中、黒人のコメディアンであるデイヴ・シャペルが登場しこのような言葉をケンドリックに捧げた。

「今の演出大丈夫?かなりギリギリだったよ?」
「アメリカという国で、正直な黒人男を観るのは怖い。でも黒人男が正直になるのはもっと怖い」


 これは彼なりのケンドリックに対する最大級の賛辞であった。
 
 どのような逆風にさらされても、ケンドリック・ラマーという表現者はメッセージを発し続けることを諦めなかったのだ。
 そして、このステージで彼は声を上げ続けることを宣言したのであった。



(文・吉田ボブ)

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