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ちあきなおみのヴォーカルと服部隆之のアレンジによって奇跡的によみがえった「黄昏のビギン」

2016.01.25

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「黄昏のビギン」の作詞者としてクレジットされている永六輔さんが、「実はあの歌、八大さんがつくったんです、作詞も、作曲も」と意外な発言を口にしたのは2012年のことだった。

雑誌『中央公論』の企画で、ぼくは昭和の歌謡曲について永さんと対談させていただくことになった。
その冒頭に永さんが、一気にたたみかけるようにこう仰った後、ニッコリ笑ったのである。

僕じゃないんです。でも八大さんが「君にしておくね」って言って。
八大さんとは早稲田大学の先輩後輩の関係でしょ。だからあの人には反対したりできないんです。
何か言われたら、全部「はい」って。
それで八大さんは、自分で作詞・作曲をしたから、あれが一番好きなの。
だから、「いい歌ですね」なんて言われて、いろいろな人が歌っているんですが、そばに行って「これは僕じゃないんです」って言わないと肩身が狭いというか。
(永六輔著「大晩年老いも病いも笑い飛ばす!」中央公論新社)


「黄昏のビギン」は当初、1959年に制定された第1回レコード大賞を受賞した「黒い花びら」に続く、水原弘のセカンド・シングル「黒い落葉」のB面曲として世に出た。
しかしそれほどのヒットにならなかったレコードのB面だったので、当然のように時の流れとともに忘れられていった。

ただし、夜の巷で働く人たちや、歌好きの間では”いい歌”だという声も多かったらしい。
盛り場の流しがレパートリーにするなど、かろうじて歌い継がれていたという。

1959年の秋から60年代にかけて、もうはるか遠い昔の話だ。

それから約30年もの歳月が過ぎた1991年、すっかり忘れられた「黄昏のビギン」に新たなる生命を吹き込むシンガーが現れる。
ちあきなおみだった。


アルバム『すたんだーど・なんばー』の1曲目でカヴァーされた「黄昏のビギン」は、海外のスタンダード・ソングを思わせる流麗なメロディーと、シンプルながらも上品で温かみのあるストリングスによるサウンドが斬新だった。

作曲者の中村八大が手放しでほめた新しいアレンジは、昭和の歌謡曲の父とも言える作曲家の服部良一を祖父に持つ若き音楽家、服部隆之によるものだった。
「黄昏のビギン」は憂いと気品を感じさせるちあきなおみのヴォーカルによって、日本を代表するスタンダード・ソングとしてよみがえるのである。

ただし前評判が良かったことで発売されたシングル盤はどういうわけか、その時はヒットにまで至らなかった。
その翌年、夫でプロデューサーでもあった元俳優の郷(瀬川)鍈治が亡くなったことをきっかけに、ちあきなおみは喪に服したまま音楽シーンから姿を消してしまう。

永六輔 スタンダード

こうしてまたもや埋もれてしまうかに見えた「黄昏のビギン」だったが、21世紀を迎える前後になってあらためて発見されていく。

再びCM音楽に使われたちあきなおみの「黄昏のビギン」を聴いて、たくさんの人たちの間で”いい歌だ”という声が広まったのだ。

その一方では忽然と消えてしまった伝説の歌姫、ちあきなおみを求める声が次第に高まっていった。
やがてその歌声が”絶品”とまで讃えられるようになり、「黄昏のビギン」はちあきなおみの代表曲になったのだ。

時を同じくして、歌唱力や表現力に自信のあるシンガーたちが続々とカヴァーを発表し始めた。

木村充揮 、石川さゆり、さだまさし、中森明菜 天童よしみ、アン・サリー、長谷川きよし、和幸(加藤和彦、坂崎幸之助)、氷川きよし、稲垣潤一、岩崎宏美、鈴木雅with 鈴木聖美、小野リサ、渋さ知らズ(ヴォーカルSandii)、河口恭吾、秋元順子、セルジオ・メンデス(ヴォーカルsumire)、薬師丸ひろ子、大竹しのぶと山崎まさよし、井上陽水、柴咲コウ……。

ブルースや演歌、フォーク、ソウル、ボサノバ、ジャズといったジャンルを超えて、自然発生的に起こった「黄昏のビギン」の静かなブームは今日まで続いている。




ところで冒頭の永六輔の発言は、作曲した中村八大も「黄昏のビギン」の詞には大きく関与していたことを、明らかにしたものだった。

この曲はそもそも映画『檻の中の野郎たち』の挿入歌として作られた、1コーラスだけの短い歌だった。
映画ではロカビリーブームの人気歌手、ミッキーカーチスと山下敬二郎、守屋浩によって歌われたが、公開時には題名も付けられていなかった歌だ。

それを中村八大が水原弘のためにレコードにする時、アレンジに手を加えると同時に歌詞も幻想的なタッチに改めたのだ。

その作業を中村八大が単独で行なったために、「実はあの歌、八大さんがつくったんです、作詞も、作曲も」という永六輔の発言につながっていく。

しかし最初に出たシングル盤のジャケットを注意深く見れば、作詞は永六輔と中村八大の連名でクレジットされていた。

中村八大は代表作の「上を向いて歩こう」や「遠くへ行きたい」でも、作曲と編曲を手がけただけでなく、プロデューサーでもあった。
したがって作詞家の永六輔とのいわゆる六・八コンビの歌作りは、普通の作詞家と作曲家による分業システムではなく、どちらかといえばビートルズのレノン&マッカートニーのように、相互にやりとりを行って完成させるソングライティングだった。

このコンビの歌が日本の音楽シーンを大きくかえたのは、そんなところにも要因があったのである。


(注)2016年12月8日にタイトルの一部を変更しました。

ちあきなおみ『ちあきなおみ 全曲集 ~黄昏のビギン~』
テイチクエンタテインメント

『「黄昏のビギン」の物語: 奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか』(新書)
小学館

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