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ちあきなおみのヴォーカルで新たな生命が吹き込まれた「黄昏のビギン」

2019.06.10

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「黄昏のビギン」の作詞者としてクレジットされている永六輔が、「実はあの歌、八大さんがつくったんです、作詞も、作曲も」と意外な発言を口にしたのは2012年のことだった。

雑誌『中央公論』の企画で昭和の歌謡曲ついて対談させていただくことになったとき、お会いしてすぐに永さんはたたみかけるようにこう仰って、その後でニッコリ笑ったのである。

僕じゃないんです。でも八大さんが「君にしておくね」って言って。
八大さんとは早稲田大学の先輩後輩の関係でしょ。だからあの人には反対したりできないんです。
何か言われたら、全部「はい」って。
それで八大さんは、自分で作詞・作曲をしたから、あれが一番好きなの。
だから、「いい歌ですね」なんて言われて、いろいろな人が歌っているんですが、そばに行って「これは僕じゃないんです」って言わないと肩身が狭いというか。
(永六輔著「大晩年老いも病いも笑い飛ばす!」中央公論新社)


「黄昏のビギン」は当初、1959年に制定された第1回レコード大賞を受賞した「黒い花びら」に続く、水原弘のセカンド・シングル「黒い落葉」のB面曲として世に出た。
しかし、それほどのヒットにならなかったレコードのB面だったので、当然のように時の流れとともに少しづつ忘れられていった。
1959年の秋から60年代にかけてのことだから、もうはるか遠い昔の話だ。

ただし夜の巷で働く人たち水商売系の人や、歌が好きな大人たちの間では”いい歌”だという声く、静かに歌い継がれていたらしい。

その後も盛り場の流しがレパートリーにするなどして、東京の繁華街などではかろうじて歌い継がれていたという。

それから約30年もの歳月が過ぎた1991年、すっかり忘れられつつあった「黄昏のビギン」に、新たなる生命を吹き込むシンガーが現れた。
自分がほんとうに好きな歌だけをマイペースでレコーディングしていたベテラン歌手、ちあきなおみである。

アルバム『すたんだーど・なんばー』の1曲目にカヴァーされた「黄昏のビギン」は、海外のスタンダード・ソングを思わせる流麗なメロディーと、シンプルながらも上品で温かみのあるストリングスによるサウンドが斬新だった。

作曲者の中村八大が手放しでほめたほど素晴らしいアレンジは、昭和の歌謡曲とポップスの父とも言える作曲家の服部良一を祖父に持つ、若手の音楽家だった服部隆之によるものである。
憂いと気品を感じさせるちあきなおみのヴォーカルによって、「黄昏のビギン」はここから日本を代表するスタンダード・ソングとして成長していく。

永六輔 スタンダード

ただし前評判が良かったことで発売されたシングル盤だが、どういうわけかその時はヒットにまで至っていない。
その翌年、夫でプロデューサーでもあった元俳優の瀬川(郷)鍈治が亡くなったことをきっかけに、ちあきなおみは喪に服したまま、音楽シーンから姿を消してしまった。

こうしてまたもや埋もれてしまうかに見えた「黄昏のビギン」だったが、21世紀を迎える前後になってあらためて発見されていく。
ちあきなおみの「黄昏のビギン」が再びCM音楽に使われたことで、それを聴いた人たちの間は”いい歌だ”という声が広まったのだ。

その一方では忽然と消えてしまった伝説の歌姫、ちあきなおみを求める声が次第に高まっていった。
やがて彼女の歌声絶品とまで讃えられるようになり、それにつれて「黄昏のビギン」はちあきなおみの代表曲になった。



それと時を同じくして歌唱力や表現力に自信のあるシンガーたちが、「黄昏のビギン」を続々とカヴァーを発表し始めた。

木村充揮 、石川さゆり、さだまさし、中森明菜 天童よしみ、アン・サリー、長谷川きよし、和幸(加藤和彦、坂崎幸之助)、氷川きよし、稲垣潤一、岩崎宏美、鈴木雅with 鈴木聖美、小野リサ、渋さ知らズ(ヴォーカルSandii)、河口恭吾、秋元順子、セルジオ・メンデス(ヴォーカルsumire)、薬師丸ひろ子、大竹しのぶと山崎まさよし、井上陽水、柴咲コウ、夏川りみ、坂本冬美、高橋真梨子……。

ブルースや演歌、フォーク、ソウル、ボサノバ、ジャズといったジャンルを超えて、自然発生的に起こった「黄昏のビギン」の静かなブームは、今日もなお続いている。

(注)2016年12月8日に公開したタイトルの一部を変更しました。

ちあきなおみ『ちあきなおみ 全曲集 ~黄昏のビギン~』
テイチクエンタテインメント

『「黄昏のビギン」の物語: 奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか』(新書)
小学館

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