「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the LIVE

年明けとともに始まり、新しい音楽を発信して時代を牽引し続けた「トップ・オブ・ザ・ポップス」

1964年の元日、のちの音楽シーンに多大な影響を及ぼすことになるテレビ番組が英BBCでスタートした。 その名も『トップ・オブ・ザ・ポップス』。独自の音楽チャート…

TAP the ROOTS

ハンク・ウィリアムズが最後にレコーディングした名曲

2002年。70歳になっていたジョニー・キャッシュは、人生の集大成とも呼べるアルバムをレコーディングしていた。タイトルは『ザ・マン・カムズ・アラウンド』。「ザ・…

TAP the SCENE

アイ・ソー・ザ・ライト〜悲しみを歌い続けた真のスーパースター、ハンク・ウィリアムス

『アイ・ソー・ザ・ライト』(I Saw the Light/2014) ロックンロールの登場によってすべてが塗り替えられてしまう前夜、1953年1月1日のこと。…

TAP the SONG

美空ひばり「愛燦燦」~小椋佳のデモテープを聴いて「シングルにしたほうがいい」と思ったことで誕生した人生賛歌

――ハワイのサトウキビ畑で働く農夫とその家族たち。夕方、収穫を終えた一家が馬車で家路をたどる。母に抱かれて眠る少女。突然の激しい夕立に小屋の軒先で雨を避ける一家…

TAP the SCENE

ストレンジ・デイズ〜1999年12月31日の世紀末パーティと電子ドラッグ「スクイッド」

『ストレンジ・デイズ』(Strange Days/1995) 「世紀末」「ミレニアム」と盛んに騒がれた1999〜2000年頃。20世紀の終わりに漂っていた倦怠感…

Extra便

アルバム『原子心母』の帯に書かれた名文句「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」

1960年代後半に洋楽マンとしてのキャリアをスタートさせた石坂敬一は、東芝音楽工業株式会社(東芝レコード)へ入社してまもなくビートルズ担当のアシスタントとなり、…

Extra便

1961年製のテレキャスターに出会って生まれ変わったポリスのアンディ・サマーズ

パンク・ムーブメントが吹きまくっていた1970年代半ばのロンドン。ジャマイカ生まれのレゲエの持つ原初的なエネルギーをポップ・ミュージックの構造に組み入れて、それ…

夢で逢えたら

TAP the SONG

大瀧詠一の「夢で逢えたら」が日本有数のスタンダード・ナンバーに至るまでの道のり

数多くのヒット曲を残した大瀧詠一の作品の中でも、広くカバーされてスタンダードになったという意味では、「夢で逢えたら」が代表曲に挙げられる。 この歌が誕生したのは…

TAP the SONG

「過去、一度たりとて音楽を制作する側がヒットを作ったことなんてないんだ」~大瀧詠一

”歌謡曲の生みの親”と目されている作曲家の中山晋平と、”最高のポップス職人”を目指して生涯を全うした大瀧詠一が、実は同じ命日だったということに最近気がついた。 …

Extra便

時代を超えて登場した大滝詠一のニュー・アルバム『DEBUT AGAIN(デビュー・アゲイン)』の驚き

はっぴいえんど解散からソロとなった大滝詠一が、日本で初めてのミュージシャンズ・レーベル、ナイアガラを設立したのは1974年9月のことだった。 自らのプロデュース…

Extra便

小学生の頃から憧れていた小林旭のために、大瀧詠一が渾身の力を振り絞って作曲した「熱き心に」

大瀧詠一は長い間、自分がミュージシャンになったのは、「エルヴィス・プレスリーに憧れて、ロック・ミュージックに興味を持ったから」だと思い込んでいたという。 だが、…

Extra便

イラストレーターの永井博による絵本の企画から始まった大瀧詠一の『ロング・バケイション』

『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』というアルバムは、当初は“夏のアルバム”として企画されたものだった。 きっかけとなったのはCBSソ…

Album Sweet で体験する

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