いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく連載「TOKYO音楽酒場」。今回は、渋谷川沿いの路地にある開放感に満ちた酒場を紹介します。
今まさに大きく姿を変えようとしている、渋谷駅。再開発にともない、かまぼこ屋根が印象的だった東急東横線の駅舎も、東口から南へと伸びていた高架も、今や影も形も無くなってしまった。
首都高・246・六本木通り・明治通りが立体的に交差する近未来的な光景を眺めながら大きな歩道橋を渡り、渋谷警察署とは反対側へと降りる。明治通りと並走する渋谷川の一本裏側、高架下に沿って通る細い路地の存在は、渋谷に詳しい人にも意外と知られていない。長きにわたって営業している居酒屋〈ニュー信州〉から並ぶ雑居ビルには、いい音楽をかけるバーや、パンク系のライブハウスなどがいくつも入居していた。が、今は高架も取り壊され、景色も一変。周辺のビルも閉鎖が決まっていて、早々に閉店・移転してしまった店もある。着々と工事が進行する高架跡を横目に見ながら路地を歩くと、今回訪れる〈Li-Po(リーポー)〉の黄色い看板が見えてくる。
階段を昇って2階のドアを開ければ、ロフト調のスペースが広がる。開放感に満ちているのは、東側と西側にそれぞれ大きく窓が取ってあるからだろう。この店のオーナーは伊藤美恵子さん。株式会社パルコでの音楽イベントの企画制作や映画の配給などの業務を経て、山本寛斎事務所で10年ほど勤務した後、自らのお店を2008年4月にオープン。先日、7周年を迎えたばかりだ。店名の〈Li-Po〉は、中国の詩人である〈李白〉から取った。
「ここでお店をはじめようと決めた理由は、両面が窓で開放的だったから。バーっていうと地下にあって人がぎゅっと詰まってる感じだけど、ここの雰囲気のようにお店自体もオープンな場所になればいいなって思って。窓の外には線路が通ってて……今はすっかり変わってしまったけど、ちょうどいい具合の位置に電車が入ってくるホームも見えたんです。それが、なんか銀河鉄道みたいで良かったんですよね。反対側は渋谷川が流れてて、ちょっとアジアっぽい風情もある変わった景色で、その風景が気に入って。運良くいろんな仕事の区切りも付いた時期だったので、わりと勢いに任せてはじめた感じはありましたね」(伊藤さん、以下同)
バーカウンターの他にフロアの真ん中には大きなテーブルもあって、一人でふらっと飲みに来る時にも、気の合う仲間で集まって飲む時にも使い勝手がいい。コンクリート打ちっぱなしの壁には、往年の名画の映像が映し出され、カウンターの隅には気になる書名が並ぶ書棚がある。音楽はワールド・ミュージックを中心に、ジャズやロックなど様々なジャンルに渡るが、聴き慣れた定番ではなく、「これ、誰だろう?」と思わず質問したくなるような、ちょっとマニアックなセレクトが心地良い。
「たしかに、わりと変わったものが好きかもしれないですね。みんなが聴くものをあえて聴かなくてもいいじゃないかっていう(笑)。自分で部屋で聴く分にはもちろんいいけど、せっかくお店で紹介するんだったら『こんな音楽って知らなかったけど、いいね』って言われるようなものを紹介していくほうが、お客さんにとっても私にとっても楽しいじゃないですか」
伊藤さんの前職が音楽関係だったこともあり、音楽レーベルの担当者が持参した音源がかけられることも。取材当日は近藤等則がスタンダード・ナンバーを奏でた『TOSHINORI KONDO PLAYS STANDARDS “YOU DON’T KNOW WHAT LOVE IS”』が流れていた。また、本作からインスパイアされた黒田征太郎の絵画も展示されていた。
フードメニューは、数種類のチーズやポークリエット、いぶりがっこのように軽くつまめるものから、豆腐とトマト・香菜のサラダのようにさっぱりとヘルシーな一品、さらには豚肉と根菜のキーマカレーなど空腹を満たすご飯ものまで、酒呑みのツボを心得た料理が並ぶ。
酒の種類も豊富だが、なんといっても目に留まるのは、店名と同じ由来を持つ〈李白〉という日本酒だ。島根県松江市で作られるこの銘柄をこれほど揃えているバーも珍しい。飲み比べセットで、少しずつ楽しめるのもうれしい。またワインは、珍しいイスラエル産を揃える。
「李白というお酒は、ロンドン海軍軍縮会議に主席全権として臨んだ若槻礼次郎が、日本を代表する酒ということで持っていった銘柄なんです。店で李白の試飲会もやったこともあるんですけど、20種類ぐらいある品種のそれぞれに、李白の詩のタイトルがつけられてるんです。そのボトルが並んでるだけで幸せな気分になりましたね(笑)。イスラエル産のワインは、もともと入ってくる量が少ないので大々的には出回ってないんですが、最近人気が上がっていて。ゴラン高原の冷涼な気候がぶどう作り適しているのと、ユダヤ人の物づくりに対する研究熱心さや頑固さ。そんな努力の賜物で、とても美味しいワインになっています」
そもそも〈酒中仙〉と呼ばれる李白にちなんだ店名を付けたのも、伊藤さんが大のお酒好きだったから。
「まぁ李白が好きなのは、もちろんお酒好きというのも関係があるんですけど(笑)、旅も好きだし、音楽も好きで、権威にも縛られない……それでいて仙人みたいに達観しているかというと、全然そうじゃなくて。もうちょっと自分は出世したかったとか、お金が欲しかったとかそういう欲を持ちながら、だけどそうできない自分との葛藤も持っている。そんな人間的な部分も含めて、李白には憧れます」
伊藤さん自身が李白の詩をセレクトし、自分で訳したものを、季節ごとのDMで紹介しているという。(*画像クリックで拡大表示されます)
店にはミュージシャンをはじめとする音楽関係者や、映画関連のお仕事をしている人たち、編集者、漫画家など、さまざまな職業の人たちが集う。通常営業の他にも、イベントを数多く開催。アコースティック編成のライブやDJラウンジをはじめ、音楽について語るトークショー、さらにはワークショップや語学教室など、バラエティに富んでいる。
「だいたい週末は何かイベントをやってます。先週末は、モモコモーションというタイで大人気のバンド、FUTONのメンバーだった方のイベントでした。一番長く続いているのは、音楽評論家の関口義人さんが主宰されている〈音楽夜噺〉。トークイベントをやるには、ちょうどいい大きさなんですよね。お客さんの顔も見えるし、反応もすぐ返ってくる。一方通行にならないサロンぽい雰囲気でできるのが面白いです。お話の内容も毎回充実していて、私自身もとても勉強になっています。他にも、李白の詩をかかげたポスターがきっかけとなり、上海出身のシンガー・ソングライターaminさんの中国語教室も開催していますが、aminさんは先生としてもとても人気があって、もう6年も続いています」
イベントを開催している人たちもみな、伊藤さんが前職でつながった仲間たちやその知り合い、あるいはオープンしてから店に飲みに来たお客さんたちだ。
「なんとなく自然につながって、波長があったらやっていただくような感じですね。稀に知らない方からイベントやらせて欲しいと言われることもあるけど、お店のテイストと違う感じ時はお断りしてます。それってジャンルがどうこうっていうのとも、また違うのですが。でもお客さんにはとても恵まれていると思います。いいお客さんが来てくださることで、店の雰囲気がどんどん足し算されていくんです」
お店のモットーは、「将進酒」という李白の詩だという。とことん飲んで食べて、人生は楽しめるうちに楽しみ尽くすべきだと説くこの詩のように、伊藤さんは、Li-Poに訪れる人たちとともに人生を気ままに謳歌しているようだ。
Li-Po
東京都渋谷区渋谷3-22-11 4F-A
TEL:03-6661-2200
月〜土 18:00〜25:00(日祝休)
http://li-po.jp/
*Li-Poは2015年12月現住所に移転&リニューアルオープンしました。本コラムに掲載された写真、および文章は初出当時(2015年5月17日)移転前の店舗のものです。