ベック・ボガート&アピス(BBA)は、「迷信」を収録したファースト・アルバム『ベック・ボガート&アピス』を1973年1月に発表した後も勢力的にツアーを続けていた。
だが、レコーディングをほぼ終了していたセカンド・アルバムは、ジェフ・ベックの意向で幻となった。
BBAは74年5月頃には、自然消滅的に解散してしまった。
結局ジェフは、1969年にロッド・スチュアートがジェフ・ベック・グループを脱退して以来、 自分のギタープレイに最も合うヴォーカリストをずっと見つけられずにいるのだった。
そんなジェフの心を強烈に惹き付けたのが、ジャズ・ギタリストのジョン・マクラフリンだ。 ちょうどその頃、ジャズはロックとの融合を始め、クロスオーバーやフュージョンなどというジャンルが生まれていた。
ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラの音楽は、ジェフに“ギター・インストゥルメンタル・サウンド”という一つの方向性を指し示したのだ。
ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えて、1975年4月に発売されたジェフ・ベック初のソロ・アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』は、かなりジャズ・フュージョン的アプローチで 全曲ギター・インストゥルメンタルのアルバムであるにもかかわらず、ビルボード・チャート4位を記録し、初のゴールド・ディスクにも輝いた。
『ブロウ・バイ・ブロウ』は、まさにジェフ・ベックが新境地を拓いたアルバムであり、またギタリストのためのギター・アルバムとしても評価が高い。
そのアルバムには2曲、スティーヴィ・ワンダーの曲が収録されている。
「セロニアス」と「哀しみの恋人達」だ。 「セロニアス」は、「迷信」とほぼ同じ時期にスティーヴィがジェフのために書き下ろした曲で 、ジェフはBBAでは演奏せずにとっておいたものと思われる。
そしてもう1曲が、いまやジェフ・ベックの代表曲の一つと言っていい「哀しみの恋人達」だ。
これは「迷信」の件のお詫びとして、スティーヴィがプレゼントしたと言われているが、実はジェフのために書き下ろしたわけではなかった。
1974年に発売されたアルバム『スティーヴィ・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』に収録されていた曲で、離婚した後もスティーヴィ・ワンダーが全面プロデュースをしたシリータ・ ライトのために書かれた、とてもパーソナルな歌なのである。
恋人同士としては終わったからといって
お互い友達になれないというわけではないのよ
恋人同士としてはもう終わったからといって
互いに愛する気持ちを終わりにしなければならないの?
スティーヴィとジェフの交遊は、1972年頃から始まっている。お互いを尊敬し合い、スタジオを行き来していたという。
アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』の6曲目にある「哀しみの恋人達~Cause weʼve ended as lovers」には、このような付記がされている。
(Dedicated to Roy Buchanan and thanks to Stevie – J.B.)
(ロイ・ブキャナンに捧ぐ、そしてありがとうスティーヴィ ージェフ・ベック)
ここからは憶測になるのだが、シリータのこの歌を聴いたジェフが、ぜひこの曲を弾かせてほし いと頼んだのかもしれない。
そして敬愛するロイ・ブキャナン風に奏でてみたのではないか。
シリータの歌が日の目を見ることはなかったが、ジェフの「哀しみの恋人達~Cause weʼve ended as lovers」は心に残る素晴らしい名演なのだ。(阪口マサコ)
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※参考文献:「天才ギタリスト ジェフ・ベック」 シンコーミュージック、「スティーヴィ・ワ ンダー 心の愛」 ジョン・スウェンソン著 米持孝秋訳 シンコーミュージック