「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

Extra便

追悼・相倉久人 大瀧詠一とのナイアガラ対談で発表された「分母分子論」

1983年の11月から12月にかけて雑誌『FMファン』での対談で、大瀧詠一の「分母分子論」は発表された。 それはジャズ評論家の相倉久人を先生として、生徒の大瀧が…

TAP the LIVE

東京ドームで再び歌手として歩いていく意思を表明した美空ひばりの「人生一路」

戦後の日本に彗星のごとく現れた歌手、美空ひばり。 1949年に12歳でレコード・デビューを果たすと、主演した映画『悲しき口笛』の主題歌が大ヒット、それから数年間…

Extra便

再起不能と心配された美空ひばりが復帰作「みだれ髪」のレコーディングで見せた女王の矜持

1987年3月のはじめ、作詞家の星野哲郎は常磐線の特急「ひたち3号」に乗って、福島県いわき市にある塩屋岬へ向かった。 長期入院を余儀なくされていたひばりが退院し…

TAP the SONG

ルイ・アームストロングが美空ひばりに残した手紙とレコード

美空ひばりの家には、大切に保存されていた古いジャズのLPレコードがあった。そこにはジャズの王様と言われたアーティスト、ルイ・アームストロング(愛称・サッチモ)の…

TAP the DAY

美空ひばりが15歳で初めてレコーディングしたジャズ・ソング「上海」はドリス・デイのカヴァー

1945年に「センチメンタル・ジャーニー」の大ヒットを放って歌手として世に認められたドリス・デイは、次第に映画スターとしても活躍するようになり、それとともに円熟…

TAP the STORY

美空ひばりが芸の道に生きると、あらためて決意した27歳の夏

美空ひばりはまだ小学生だった9歳のときから豆歌手として舞台に立って歌い、10歳で早くも映画『のど自慢狂時代』に初出演している。 コロムビアから「河童ブギウギ」を…

TAP the LIVE

歌舞伎座の舞台で美空ひばりが初めて「お祭りマンボ」を歌った

美空ひばりが女性歌手として初となる歌舞伎座での公演に挑んだのは1952年、14歳のときだった。 戦後間もない1949年7月に「河童ブギウギ」でレコード・デビュー…

TAP the SONG

「シャボン玉ホリデー」のテーマ曲として永く記憶されるザ・ピーナッツの「スターダスト」

「スターダスト」はソングライターで俳優のホーギー・カーマイケルが、1927年に発表したスウィング・ジャズのスタンダード。 ミッチェル・パリッシュにより歌詞がつけ…

TAP the LIVE

美空ひばりのロサンゼルス公演を実現させるために一肌脱いだ作曲家の小林亜星

童謡「赤とんぼ」などを作曲し、大正から昭和にかけて日本での西洋音楽の普及に大きく貢献した音楽家、山田耕筰が亡くなったのは1965年のことだった。 遺言には「自分…

TAP the SONG

美空ひばりの「リンゴ追分」をSKAにして世界に広めたジャマイカのスカタライツ

スカタライツ(SKATALITES)は、レゲエを生んだ国・ジャマイカのジャズ・ミュージシャンによるスタジオのレコーディング集団として、1963年に活動を始めて1…

TAP the DAY

ギター教室の生徒だった高田渡が灰田勝彦から教わった”歌を自分のものにする方法”

大好きなフォーク・シンガーのピート・シーガーを目標にして歌手になる決意を固めた高田渡が、「日本人として、日本語の表現を突き進む」と日記に書いたのは17歳の時だっ…

TAP the SONG

敗戦に沈む日本人に活力を与えた、陽気なうた──笠置シヅ子「東京ブギウギ」

アメリカ軍の空爆ですっかり焼け野原になった日本で、何もかも失って餓えずに生きていくことだけで精一杯であった人々を励ましたのは、敵国だったアメリカで生まれた陽気な…

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