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美空ひばりが芸の道に生きると、あらためて決意した27歳の夏

2024.06.23

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美空ひばりはまだ小学生だった9歳のときから豆歌手として舞台に立って歌い、10歳で早くも映画『のど自慢狂時代』に初出演している。

コロムビアから「河童ブギウギ」を歌ってレコードデビューしたのは1949年、11歳の時で、続く「悲しき口笛」が大ヒットして少女スターの座についた。

それからは数々の映画に出演して「東京キッド」「越後獅子の唄」「リンゴ追分」「港町十三番地」と、次々にヒット曲が生まれて、中学を卒業する頃には人気も実力もトップスターになった。

15歳の時にレコーディングした最初のジャズ・ナンバーの「上海」を聴けば、単に早熟というだけではすまされない、天性の才能が伝わってくる。

若くして「歌謡界の女王」と呼ばれるようになるのは、「哀愁波止場」で第2回日本レコード大賞歌唱賞を受賞した1960年からである。

純日本調のメロディーで高度の歌唱力が要求される「哀愁波止場」は、途中に民謡の「五木の子守唄」を挟んだ構成だ。そこでひばりは独特の裏声を活かした、歌唱賞にふさわしい名唱をものにしたのだった。

そして25歳の誕生日を迎えた1962年5月29日、人気絶頂だった映画スターの小林旭と婚約を発表した。11月15日には絢爛豪華な結婚披露宴が開かれ、歌謡界と映画界の超大物スター同士の結婚は大きな話題を呼んだ。

しかし子供の頃から芸の世界一筋で生きてきたひばりにとって、一般の女性と同じように家庭の主婦に収まるのに、やはり無理があった。

良き妻として家庭にいてほしいという夫の要望に応えて、結婚後は一時的に仕事を控えて家庭に入ったものの、全面的に受け入れて引退するまでには踏み切れない。

母を筆頭に周囲の猛反対にあいながらも、自分を押し通して結婚につき進んだひばりだったが、時間が経つにつれて夫婦の間に生じた溝が修復不可能となり、話し合いの末に別居することにした。

離婚後に待ちかまえている危機を乗り越えるために、ひばりの最大の理解者として奔走したのは、プロデューサーでもある母の喜美枝だった。

テレビに押されて斜陽の道をたどり始めた映画から撤退し、舞台での芝居と歌謡ショーで新機軸を打ち出そうと、喜美枝は劇場での長期公演を企画する。

共演者やスタッフ、原信夫とシャープアンドフラッツのスケジュールを押さえると、一世一代の大仕事に挑むためにまず、作家で大映の専務だった川口松太郎に脚本を依頼した。

あらかじめ自分で考えた筋書きの『女の花道』を川口に語り伝えて、台本に仕上げてもらうことを確約してもらうと、喜美枝は次に芝居の演出を東映の映画監督、沢島忠に頼んだ。

芝居の演目にめどが立つと今度は歌謡ショー『ひばりのすべて』の構成・演出を、東宝の山本紫朗にまかせた。こうして大映、東映、東宝というライバル3社の壁を超える、最強の布陣で大舞台に挑むことになった。

ところが5月31日から始まる『美空ひばり特別公演』に向けて、舞台稽古に熱が入っていた5月27日にひばりは過労で倒れる。

婚約発表から2年後、ひばりは27歳の誕生日を病院のベッドの上で迎えた。翌日からは点滴注射をしながら、最後の仕上げのためにと劇場へ通った。

「女の花道」は現実にひばり母子が体験してきた、数多の苦労や葛藤を物語にした芝居である。親の許しがないままの恋に敗れた主人公がクライマックスで叫ぶ台詞が、そのまま再び芸の道に生きるひばりの決意となっていた。

「どんなことがあろうと、おっかさん、あたしは一生この芸は捨てません。あたしは芸で生まれ、芸に生きるんです!」


起死回生を賭けた4時間にも及ぶ「新宿コマ劇場 美空ひばり特別公演」は、初日の幕が開くとたちまち大評判となって観客動員の新記録を作った。美空ひばりには再びスターへの道が大きく開かれたのだった。

公演の千秋楽を目前にした6月25日、ひばりは開演前に記者会見を開いた。そして一人で離婚を発表した。

庶民のひばりは、元の巣にかえりました。
孤独ではあっても、自由なひとすじの道が、私を未来につないでいます。
私はもうスターの檻から、脱出しようとは思いません。
あきらめではなく、ひばりは、その檻の中で羽ばたき、さえずりつづけることに、生涯を賭けようと思っているのです。
そこに、真実の自由があるのです。


10月に開催された東京オリンピックで、日本のお家芸である柔道が大活躍した余韻の冷めやらぬ11月20日、シングル盤「柔」が発売になると爆発的にヒットする。

それが翌年の年末に日本レコード大賞のグランプリに輝き、「歌謡界の女王」の座は不動のものとなっていくのだった。


(このコラムは2015年6月20日に公開されました)
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