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細野晴臣プロデュースの「ホルモン小唄」、大瀧詠一が仮歌を吹き込んだのにオクラ入りした理由

2024.07.08

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1976年の11月から12月にかけて、東京・赤坂にあるクラウン・スタジオでは小林旭のアルバムが制作中だった。同じレコード会社に所属していた縁もあって、細野晴臣がプロデューサーを引き受けていた。

その年の7月に3枚目のアルバム『泰安洋行』を発表した細野は、エキゾティック・サウンドというコンセプトを用いることで、それまでの日本のポップスの殻を破って世界の音楽に目を向けていた。

はっぴいえんど時代に日本のオリジナル・サウンドを追求した体験により、欧米の最新流行をいち早く取り入れるという従来のやり方、輸入一辺倒だったモノマネ体質からの脱却を試み始めたのである。

細野晴臣「Chow Chow Dog」


同じ音楽を前にしても、西洋と東洋の間では微妙に生じるズレの感覚。それを活かして同時代に世界にも響く日本の音楽を創造しよう。そんな確固たるポリシーを持って音楽に対峙していたとも言える(それは3年後、イエロー・マジック・オーケストラによって実現することになる)。

日活の無国籍アクション映画のスターだった小林旭は、民謡から俗謡、海外で最新流行のリズムまで、何を歌っても「アキラ節」にして成り立たせる無国籍歌謡の歌手でもあった。「アキラでツイスト」「アキラでボサノヴァ」といったセンスには、エキゾティック・サウンドにも通じるズレの感覚があった。

アルバム制作にとりかかった細野はさっそく、自他ともに小林旭ファンと認める朋友の大瀧詠一に協力を依頼した。

細野が住んでいた狭山に呼ばれた私に、数ある詞の中から選ばれたのは「ホルモン小唄」というもので、なんとあの星野哲郎さんの詞でした。喜び勇んで「ハイ、それまでヨ」のタイプの曲を作り、クラウン・スタジオで久しぶりに林立夫・細野晴臣・鈴木茂らとセッションを行い、私のアキラばりのシャープする歌い方の仮歌まで入れて、後はご本人のヴォーカル・ダビングを残すばかりとなっていました。


ところがアルバムが完成に近づいた頃、小林旭をとりまく状況には大きな変化が起こっていた。2年ほど前に出した「昔の名前で出ています」が、じわじわとブレイクし始めていたのである。

「昔の名前で出ています」は、「ホルモン小唄」と同じ作詞家・星野哲郎の作品だが、叶弦大が作曲した演歌だ。星野は人の言った言葉や思いついたフレーズを、手近な紙ナプキンやコースター、箸袋などに書き留めるメモ魔だとして有名だった。

馴染みだったらしいホステス嬢からの電話で、大宮の店に変わったので来てほしいと頼まれた時、誰だか思い出せなくて名前を訊ねると、「前と同じよ」と言われて電話がきれた。

そこで「昔の名前で出ています、か」というメモが残った。


1975年1月25日に発売された「昔の名前ででています」は、当初は売れ行きが良くなかったために、レコード会社の扱いは地味で冷淡なものだったという。

しかし、1976年に経営していたゴルフ場が破綻して約14億円の負債を抱えた小林旭が、日銭を稼いで借金返済に当てるために、スターのプライドをかなぐり捨てて全国のキャバレーなどを徹底的に回った。

それが功を奏して、日本全国で働くホステス嬢たちの間から火がついて、有線放送では大ヒットの兆しが出始めていた。何としても「昔の名前ででています」大ヒットにすべく、小林旭本人もレコード会社も演歌ファン中心に本腰を入れてプロモーションを始めた。

そのとばっちりが、完成間近のアルバムに向けられた。

細野晴臣や大瀧詠一といったロックの連中と一緒に、売れるか売れないかわからないアルバムを作っている場合ではないと、企画が丸ごとオクラ入りになってしまったのだ。

「昔の名前で出ています」は1977年になると完全にブレイクして大ヒット、最終的には200万枚を突破するセールスを記録した。

それによって小林旭もまた、巨額の借金をほぼ返済できたというからハッピーエンドにはなったが、大瀧が仮歌まで歌った「ホルモン小唄」は幻となって消えたのである。

しかし今、アルバム『小林旭 with Tin Pan Alley』のマスターテープが出てきたら、それはそれで日本の音楽史における財産になるのではないかと惜しまれる。


(注)文中の大瀧詠一の発言は「オール・アバウト・ナイアガラ」 (白夜書房)の355ページからの引用です。

細野晴臣『泰安洋行』
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