打ちひしがれた人が希望を取り戻して、元気に立ち上がれるようになるには、どんな歌が必要とされているのか…?
そんな作詞家の思いを象徴するような歌として生まれたのが、1970年の1月に発売されて3月9日から3週間、ヒットチャートで1位になった「白い蝶のサンバ」だった。
18歳にして歌手デビューして一世を風靡したポップス・シンガーの森山加代子をもう一度、スターの座に返り咲かせるために企画された仕事が、どうしてほとんど無名だった井上かつおと阿久悠に委ねられたのか…?
おそらく名のある作家たちがこの仕事に関わりを持つことを、慎重に避けたからにほかならないだろう。だが若くて失うものがないということは、表現者としては時として強みにもなり得る。1969年の秋、阿久悠はその仕事を引き受けた。
森山加代子は「月影のナポリ」や「じんじろげ」などで大スターであった。その大物のカムバックに、オリコンの中位に二曲ぐらい入っている程度の作詞家に注文があるのは、いささか不思議だと思ったが、まあいい。それはそれで向こう様の魂胆で、こちらはそれを裏切る物を書いてびっくりさせればいいと、腹をくくった。
すでに井上の曲が先にできていたが、阿久悠にはそれもありがたかったという。伸び伸びと自由に、自分の腕をふるえると思ったからだ。
そして阿久悠は作詞をするに当たって、カムバックということについて筋道だった論を考えた。
シーンから一時期、何らかの理由で消えていた歌手がカムバックすれば、マスコミや一般の人々はその間、その人がどんな生活をしているかに興味を持つ。そして恵まれなかったのではないかと考えたがる。森山加代子は若い20代の女性だから、当然のように男性問題についての憶測が乱れ飛ぶ可能性がある。カムバックしたときに、そういった暗い影が感じられたら、絶対にマイナスだ。
そう考えた阿久悠はまず、あたかも全盛時代からそのままつながっていたような派手さ、華やかさ、勢いを出す歌がふさわしいと結論づけた。
ということは、自分の気持ちを訴えかけるタイプの歌ではだめだということになる。そうやって理詰めで考えた末に、カムバック・ソングに不可欠な要素は爆発力だという答えに達した。
大衆によけいなことを考えさせないうちに、アレヨアレヨといううちに先制攻撃をかけ、ペースに巻き込んでしまう必要がある。これは、宣伝力ももちろん大きいが、作品自体に、そのような勢いを備えていなければならないことなのだ。だから、シミル歌より、タタク歌のほうが、このような場合に適していると思う。
(阿久悠著「作詞入門 阿久式ヒットソングの技法」(岩波書店)
しかし、先にできていた1曲はいかにも森山加代子を大人にしましたという、バラード・タイプの曲であった。阿久悠はそれに「恋は今死んだ」という、いかにも悲哀をにじませた歌詞をつけている。
作詞家として十分に認められていなかった頃の阿久悠は、歌詞に”死”という言葉を使うことが割に多かった。まだ貧しく、名も無く、心の奥底で苛立つものがあったのかもしれない。
この「恋は今死んだ」は、スタッフの間でかなり評判が良かった。森山加代子も気に入ったらしく、乗り気になっているという。
しかし阿久悠はこのとき、歌としてはいいものだと思いつつも、カムバック・ソングにはふさわしくないと判断した。だからもう1曲にトライしたのだが、これがまた難曲であった。
もう1曲はとんでもないものであった。器楽演奏のような細かな符割りのもので、とても歌うとなると、口が回らないだろうと思えるものであった。「これは?」とスタッフ一同頭を抱えたが、これをゆったりした符割りにすると面白みが半減するどころか、無くなるだろうということになり、冒険だが、そのまま詞を付けることにした。(阿久悠著「昭和と歌謡曲と日本人」河出書房新社)
このときに阿久悠は歌詞の意味を伝えるのではなく、リスナーのイメージを喚起させる想像力に期待した。情緒や情感に訴えるそれまでの歌謡曲ではなく、もっとポップアート的に乾いた世界を歌詞にすることで、視覚と聴覚を直接的に攻めたのである。
出来上がった「白い蝶のサンバ」は早口言葉のようだと、事前の評判はいまひとつ良くなかったが、阿久悠が強く推したのでアーティストもスタッフも納得してA面になった。そのせいか、最初のジャケットでは両A面であるかのように2曲のタイトル文字が、同じサイズで扱われている。
もしも「白い蝶のサンバ」をA面にしないで、「恋は今死んだ」を出していたならば、華やかな森山加代子のカムバックは起こりえなかっただろう。
作詞家の阿久悠にとって記念すべき最初の大ヒット曲が、カムバック・ソング論に基づいて初めて誕生したのである。

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