ブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」がアメリカで全米チャートの5位にランクされるヒットになったのは、1980年の年末から翌年にかけてのことだ。
それから半年後、日本では佐野元春の「SOMEDAY」が6月25日にシングルで発売になった。
しかし発売した当時、このレコードはそれほど反響があったわけではなく、シングルチャートでは100位にも入っていない。
にもかかわらず一部の音楽ファンやミュージシャン、クリエイターたちの間では口コミで、それまでにない新しい音楽だとして注目を集めていく。
やがてライブでの評判の良さから人気が高まり、1982年に発売された同じタイトルのアルバムがヒットしたことによって、「SOMEDAY」は佐野元春がブレイクすると同時に代表曲になったのである。
外来のポップスと日本語をどのようにして自然に結びつけていけるのかは、1928年に日本で最初にヒットしたジャズソング「青空」(昭和3年)の時代から、表現者にとっては常に最大のテーマとなってきた。
大まかに言えば戦前は4ビートで4分音符が基本で、戦後になって「東京ブギウギ」や「銀座カンカン娘」のヒットから、8ビートによる日本語の歌が普及した。
日本語で初めてロックンロールの8ビートをグルーヴとして伝える歌が生まれてくるのは、ロカビリー・ブームによって登場した10代のシンガーたち。坂本九や森山加代子、弘田三枝子らが歌った外国曲のカヴァーが、次々にヒットしていた時代のことだった。
1961年に誕生した「上を向いて歩こう」は、永六輔が作詞した画期的なオリジナル曲である。作曲した中村八大の普遍的なメロディーと弾むような2ビートのサウンドに、坂本九が発明したともいえる独特の8ビート唱法によって、1963年には日本語のまま世界中でヒットする快挙となった。
そして1971年には16ビートを感じさせる歌謡曲が大ヒットしている。成熟した大人の歌手としてカムバックした森山加代子の「白い蝶のサンバ」は、それまでには想像もできない数の言葉が、歌い出しから詰め込まれていた。
今ではごく普通の歌い方に思える唱法だが、当時は16部音符に乗せてたたみ込む歌詞が早口言葉に聞こえると、当初は珍品扱いされたという。これを作詞して初の大ヒットをものにした作詞家、阿久悠がこのように回顧している。
テープが届けられ、その曲を聴いてみて驚いた。これは歌えない。これは器楽曲だと思った。符割が細かすぎるのである。これに言葉をつけると舌を噛んでしまう。下手につけると聞き取れなくなる。ディレクターをまじえて、どうしますか? どうしましょう、タカタカ タカタカ タカタカ タカタカタというのを、同じメロディで、ターター ターター タカタカタにしますかとも検討したが、思い切って早口のまま進めることになった。
それがよかった。それで爆発的に売れ、森山加代子は復活し、ぼくも作詞家になれた。
「白い蝶のサンバ」から10年後、歌い出しの8分音符のなかに二つの文字を詰め込むことで、日本語なのに英語の歌詞のようなニュアンスを持つ「SOMEDAY」が生まれた。
日本のポップス研究家のスージー鈴木は、『Re:minder』のコラムで佐野元春のデビュー曲「アンジェリーナ」を解析して、「若き佐野元春が、音符の中に文字を詰め込み、日本語の歌詞でありながら、英語の歌詞のようなビート感が発生させる方法論を発明した」と述べた。
その方法論は渡辺美里やTMネットワーク、大江千里などに引き継がれていったと指摘したうえで、佐野元春が始めた歌い方のイノベーションによって、80年代のポップスや歌謡曲のソングライティングが大きく変わったと言及している。
レコード喫茶をやっていた佐野元春の母親は、エルヴィス・プレスリーの大ファンだった。だから生まれてすぐの赤ん坊に店のジュークボックスで、エルヴィス・プレスリーの「監獄ロック」などを聴かせていた。
赤ちゃんのときからエルヴィスで育ち、小学生になるとラジオでたくさんの洋楽を聴いてた少年は、いとこの部屋でビートルズの「ロックンロール・ミュージック」に出会った。それから10代でボブ・ディランに衝撃を受けて、自分の手で自分の音楽をつくるようになったという。
こうした音楽体験はそっくりそのまま、ブルース・スプリングスティーンのそれとも重なってくる。ロックンロールとの出会いについて、ブルースはこう語っていた。
道のどんづまりにいるような気分で、好きなこともなく、やりたいこともなく、ただごろごろして、寝るかなにかするような毎日だった。そんなとき、ロックンロールが我が家へ届いたんだ――。いつの間にかそうっと入ってきて、なんでもできるような気分がする世界を広げて見せてくれた。
ブルースの「ハングリー・ハート」に影響されて誕生した「SOMEDAY」は、物語性とメッセージ性を合わせ持つ歌詞と、ロックンロールの輝きやスピリッツを感じさせるサウンドで、日本の少年少女たちに新しい音楽の扉を開いてみせたといえる。
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