『ディーバ』(DIVA/1981)
ジャン=ジャック・ベネックスは、35歳の時に新人監督としては異例の3億円の製作予算を与えられ、『ディーバ』(DIVA/1981)を撮った。
従来のジャンル分けが成立しない不思議な映画だったせいと少々の不運もあって当初は反響も鈍かったが、次第に観客のクチコミや批評家たちからの絶賛に祝福され、1981年3月の公開以来2年以上もロングランを続けていく。すると翌年公開のLAやNYでも同様のことが起こった。
アメリカのニューズウィーク誌は「官能的で遊び心に溢れていて、こんな映画は今まで観たことがない。スピルバーグがジャン・コクトーとクロスオーバーしたようなものだ」と評し、ローリング・ストーン誌も「聖なる狂気の作品。コメディ、ロマンス、オペラ、さらには殺人事件まで」と驚いた。
世の中の出来事の多くを僕は恐れ、心配しているんだ。だけど僕たちは愛を信じ、人間として共通して持っているものを信じる限り、破滅することはないと思う。
ベネックス監督はこの作品に自らを投影したという。それはオペラや車だけでなく、ジクソーパズルやオーディオといった細部にまで現れた。映画界では少し遅れて登場するリュック・ベッソンやレオス・カラックスといった映画作家たちと並んで「フレンチ・ニューウェーブの騎手」「恐るべき子供たち」と呼ばれ、フランス映画の新しい才能と健在ぶりを示してくれた。日本では後年の『べティ・ブルー』のヒットでその名がより知れ渡るようになった。
それにしても『ディーバ』で描かれるパリの街並が美しい。幻想的で儚い夜明けの時間を、主人公の青年と白いパラソルを持った歌の女神が散策するシーンは、この映画におけるイノセンスの極致だ。
青を基調にした映像美はあらゆるシーンに活かされていて、パリが見る夢の中を浮遊しているような感覚にしてくれる。一方で最後まで魅せるエンターテインメント性もしっかりと貫かれていることから、当時の多くの若い観客の心を捉えてロングランの大傑作となったに違いない。
(以下ストーリー・結末含む)
18歳の郵便配達人ジュールは、バイクでパリの街を走りながらいつもオペラを聴いている。彼にとってのディーバ(女神)は黒人オペラ歌手シンシア・ホーキンス。彼女の美しい歌声は録音やレコード化は一切許されていないので、コンサートでしか体験ができない。
その夜、ジュールはシンシアのコンサートへ出向き、彼女が歌うカタラーニの「ワリー」のアリアを密かに録音する。そして廃車がオブジェのように並ぶ自宅のロフトへ録音したテープを持ち帰り、一人その世界に浸るのだった。
翌朝。ナディアという売春組織から抜け出した女が、殺し屋の二人組に始末される。死の直前、ナディアは配達中のジュールのバイクに、組織の秘密が暴かれたカセットテープが隠した。警察はその消えたテープの存在に目をつける。
そんなことも知らないジュールは、レコード店で万引きをするベトナム人少女アルバと知り合う。彼女の同棲相手はゴロディシュという不思議な男で、彼は神秘的な部屋でジグソーパズルに熱中しながら「波を止めること」を夢見ている。
ある夜。ジュールの部屋が何者かに荒らされたことをきっかけに、ジュールはシンシアに録音テープを返そうとする。そして二人は夜明けのパリの街を散策する。
刑事、殺し屋、台湾のレコード業者。こうしてジュールの身辺を何組かの人影が追うように物語は進む。そしてアルバとゴロディシュが事件の謎を解き明かしていく……。
ラストシーン。自分の歌をまだ聴いたことがないと言うシンシアに、自分の録音テープを聞かせるジュール。誰もいないコンサートホールに響く美しい歌声と抱き合う二人の姿で、パリの夢は閉じられる。
ディーバが歌う美しきアリア
予告編
『ディーバ』
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『ディーバ』パンフレット
*このコラムは2015年11月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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